10月2日

いちご世代のアイコンとしての渡辺美里、僕たちは今でも GROWIN‘ UP!

54
1
 
 この日何の日? 
渡辺美里のデビューアルバム「eyes」がリリースされた日
この時あなたは
0歳
無料登録/ログインすると、この時あなたが何歳だったかを表示させる機能がお使いいただけます

 
 1985年のコラム 
僕たちは、何故、パッツィ・ケンジットにハマったのか。

【R.I.P.】歌声に人柄が表れていたモーリス・ホワイトの「I Need You」

トライアンフはなぜ来日しなかったのか? 80年代 HM/HR シーン最大級の謎

都立松原高校出身「清水信之 / EPO / 佐橋佳幸 / 渡辺美里」つながる音楽のDNA

1986年12月21日 — 武道館を包む、渡辺美里の向こう見ずでまっすぐな声

伝説の番組『ハロー・ジャガー』と『テレジオ7』を君は見たか!

もっとみる≫



photo:SonyMusic  

いきなりだが、“いちご世代” という呼称を覚えている人はどれくらいいるだろうか?

実は、世代毎の呼称には色々ある。どんなものがあったか、以下にちょっと例を挙げてみよう。※諸説あり(以下、カッコ内は生まれ年)

■ 団塊の世代(1947~1949)
■ しらけ世代(1950~1964)
■ 新人類世代(1961~1970)
■ バブル世代(1966~1969)
■ 団塊ジュニア(1971~1974)
■ ポスト団塊ジュニア(1975~1979)
■ ミニマムライフ世代(1980~1988)
■ ゆとり世代(1987~2004)

世代ごとにネーミングがあるというのが、いかにも分類好きな日本人らしく、それらの呼称の節々に、“しらけ” であったり “ゆとり” であったり、皮肉的意味合いが込められているのもまた日本的な感じがする。

1972年生まれの僕は、団塊ジュニア世代ということになる。

団塊ジュニア世代… 実はこの世代はその昔 “いちご世代” という可愛らしい呼ばれ方をされていた時期があった。第2次ベビーブームで人口が多いこの世代が15才を迎え、購買力を持ち始めた1980年代後半の頃、マーケティングプロデューサーの辻中俊樹氏がこのゾーンの塊を “いちご(15)世代” と命名したのが由来らしい。当時この、いちご世代というキーワードは雑誌媒体を中心に、ちょくちょく飛び交っていた覚えがある。

そういえば、『15(いちご)はドキドキ ピンクコング』などというラジオ番組もあった。西村知美、仁藤優子、渡瀬麻紀、男闘呼組といったアイドルが出演していたこの番組は、タイトルのとおり15歳前後の中高生にターゲットを絞った内容で、当時、楽しみに聴いていたリスナーも多かっただろう。

ところで、この世代のど真ん中だった僕は、高校生の頃、自分がいちご世代であることを自覚していた。そして、“いちご世代が聴きそうな音楽” を自分の中でイメージして、CD ショップで色々物色していたのだ。よく読む雑誌が、『月刊明星』から『PATi-PATi』に変わったのもこの頃だ。佐野元春、レベッカ、大江千里、小比類巻かほる、岡村靖幸、エコーズ… あれ? なんだか、レーベルに偏りがあるぞ(笑)。

その中で当時僕が、いちご世代が聴きそうな音楽で打順を組んだ際、勝手に4番打者に位置づけていたのが渡辺美里だ。

ファーストアルバムの『eyes』が発売されたのは1985年の10月2日。ちょうど80年代前半の歌姫、松田聖子が結婚で休業モードに入り、その空いた席を埋めるようなタイミングだった。

その後、8年連続でアルバムチャート1位を獲得した彼女は、記録面でもまさに80年代後半の歌姫に成長。そんな彼女がいちご世代から多くの共感を集めた要因は、ロックなのに厳つくなくて可愛い!というビジュアル面もあったと思うが、深読みすると、の男女雇用機会均等法が1985年に制定された時代背景と関係ありそうだ。

思えば、80年代前半の歌姫である松田聖子は、歌の中でどこまでも “女優” だった。


 靴の底には砂がつまって痛いから
 逆さに振れば二人だけの夏がこぼれるわ
 (マイアミ午前5時 / 松田聖子)


しかし、80年代後半の歌姫、渡辺美里の歌からは、女優を演じている意識はあまり感じられない。性差を超えて、ひとりの人間として時代と対峙するような覚悟が伝わってくる。


 工事現場には新しいビルディング
 じっと待つだけじゃダメさ
 街はさりげなく教えてた
 歩き続けていけそうよ
 (eyes / 渡辺美里)


“少女と乙女の微妙な境目” を表現する天才だった松田聖子に対し、渡辺美里は “少女と大人の微妙な境目” を表現していて、そこに、女性の社会進出という時代背景も相まって、彼女は80年代後半、同世代から多くの共感を集める存在となったように思う。

やがて、世は歌につれと言うべきか、2000年代初頭には世間では女優を俳優と呼び、看護婦を看護師と呼ぶようになっていく。逆に、歌は世につれなのだろうか、少女と乙女の微妙な境目を表現していた古典的アイドルは、だんだんと絶滅に近い状況となっていった。

さて、いちご世代だった僕達団塊ジュニアは、90年代には氷河期世代と呼ばれ、ついに2019年、“人生再設計第一世代” という微妙な呼称を頂戴した。こういったネーミングが登場するというのは、年功序列制度の行き詰まりとか様々な要因で、再設計を余儀なくされている、そんな人達が世の中に溢れているということなのだろう。

やれやれ、難しい時代になったものだ。そんな重苦しい気分で窓の外を眺めていた時に、ふとアタマの中で流れてきたのは、僕がまだいちご世代だった頃に、ヘビーローテーションで耳にしていた、美里の「GROWIN’ UP」だ。


 本当の私をさがしたいの
 生きるって自分を燃やすこと
 振り向いて悔やんだりしたくない


昭和の終わりに近い頃、渡辺美里が発信していたメッセージは、30余年の時を越え、僕の心にそっくりそのまま到達している。強い生命力を持つ彼女の歌声は今でも新しい。

そして、僕があの頃勝手に “いちご世代の4番打者” に位置づけていた、渡辺美里のファーストアルバム『eyes』は、令和の今、“人生再設計第一世代の代打の切り札” として、この部屋の CD 棚のネクストバッターズサークルに鎮座している模様だ。


 GROWIN’ UP!GROWIN’ UP!
 MY DREAM 心に FIGHT!
 感じて GROWIN’ UP


そう、狙うは勿論、逆転満塁ホームランなのだ。

2019.10.02
54
  Apple Music
 

Information
あなた
Re:mindボタンをクリックするとあなたのボイス(コメント)がサイト内でシェアされマイ年表に保存されます。
カタリベ
1972年生まれ
古木秀典
コラムリスト≫
35
1
9
8
5
1986年12月21日 — 武道館を包む、渡辺美里の向こう見ずでまっすぐな声
カタリベ / 宮井 章裕
50
1
9
8
5
爆発のときを待っていた渡辺美里、すべては「GROWIN' UP」から始まった!
カタリベ / 佐々木 美夏
32
1
9
8
7
渡辺美里のバイブレーション、ウォークマンから流れる「悲しいね」
カタリベ / まさこすもす
16
1
9
8
6
渡辺美里の「マイ・レヴォリューション」革命は一瞬の気づきから
カタリベ / 小林 礼奈
31
1
9
8
7
岡村靖幸はプリンスと松田聖子が大好きで最初からチャーミングな天才!
カタリベ / 佐々木 美夏
36
1
9
8
5
都立松原高校出身「清水信之 / EPO / 佐橋佳幸 / 渡辺美里」つながる音楽のDNA
カタリベ / 彩
Re:minder - リマインダー