6月15日
to 90's — 渋谷系の裏で何があったのか:ロカビリー篇
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ストレイ・キャッツのアルバム「ブラスト・オフ」がリリースされた日
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80年代から90年代へ。

フリッパーズ・ギター、ピチカート・ファイヴ、オリジナル・ラブ、スチャダラパー…。

音楽的価値観や様式美などが全て異なるこれらのアーティストはすべて渋谷系とカテゴライズされていた。この幅広いジャンルを下地とした都市発信型のムーブメントが動き出したのが80年代の終わり。振り幅を広く、そして深く。音楽をカルチャーとして捉えたこの新たな価値観こそが、エイティーズの終焉であり新しい時代の幕開けを示唆していた。

そして、90年代はこの渋谷系を源流として数々のアーティストがヒットを放っていく。その裏側で、対極ともいえるオリジナルパンクが熱を吹き返し、メロコアが産声を上げる。そしてもうひとつ、これと同時期に起こった忘れられないムーブメントがあった。

89年。ブライアン・セッツァーの「たまらなくロカビリーがやりたかった」というコメントと共に、ネオロカビリーのレジェンド、ストレイ・キャッツがリユニオンする。

ニューウェイヴ真っ只中の81年に風穴を開けたファーストアルバムと同じく、デイヴ・エドモンズをプロデューサーに迎え、彼らのロカビリーに対する熱情を真空パックし、初期衝動に原点回帰したアルバム『ブラスト・オフ』をリリース。そして90年、91年、92年と連続来日を果たし、全国のファンを沸かせる――

同時期、80年代初頭のフィフティーズブームの火付け役、原宿のクリームソーダから一本の矢が放たれた。90年8月21日、アルバム『ROCK’A BEAT』で MAGIC がデビュー。空前のロカビリーブームだ。

MAGIC の音楽性は、これまでのロカビリーとは一線を画していた。エルヴィス・プレスリーでお馴染みのロカビリーの定番ともいうべきヒーカップ(しゃくりあげるように歌う唱法)やマンブル(声を震わせる唱法)を全く使わず、甘く切ない青春群像をストレートに歌いあげるスタイルだった。

つまり MAGIC のロカビリーは、ウッドベース、グレッチのギターといった見栄の美学をそのままにしながらも、定型を崩すところから始まり、ジャパニーズロカビリー(通称ジャパロカ)という新たなスタイルを確立、多くのファンを獲得したのである。

ちなみに中森明菜が Akina 名義で95年11月1日にリリースしたシングル「Tokyo Rose」は、ブライアン・セッツァーがプロデュース、演奏は MAGIC である。そして、MAGIC のヴォーカル上澤津孝が中森明菜と並び作詞クレジットに名を残している。90年代半ば、このブームを基盤にロカビリーがお茶の間へと浸透していく一幕であった。

閑話休題―― ストレイ・キャッツのリユニオン、MAGIC のデビュー… 偶然は重なり必然と化す。そして、このブームは瞬く間に全国へと飛び火する。

ここで興味深いのは、渋谷系が都市密着型カルチャーだったのに対し、当時のロカビリーブームは、全国に飛び火し、地方での影響力がとりわけ大きかった。北陸の地方都市である富山はロカビリーの聖地と呼ばれ、90年代の幕開けにリーゼントが復活。街にはフィフティーズスタイルのアイテムでキメた若者が闊歩し、MAGIC は熱烈歓迎される。

一方、東京ではストレイ・キャッツの来日と前後して、80年代初頭にロンドンでピークを迎えたネオロカビリー、サイコビリーのアーティストが続々来日―― レストレス、グアナバッツ、ポールキャッツといったレジェンドたちがインクスティック芝浦ファクトリー、新宿ロフトなどのライブハウスを熱狂の渦に巻き込んだ。また、当時の現象として、中古レコード市場でレジェンドたちのレア盤の価格が急騰するなんてことがあった。例えば、アルバム『スネークマンショー』にも収録されていたザ・ロカッツのミニLP『メイク・ザット・ムーブ』は万単位のとんでもない価格で取引されていた。

このように、80年代終わりから90年代にかけてのロカビリーブームは、その王道であったストレイ・キャッツや MAGIC とは異なるアンダーグラウンドシーンでも大きな盛り上がりを見せていた。それは、ロカビリーというひとつのジャンルであっても、細分化されていたように思う。そして2018年現在、このブームから、もうすぐ30年を迎える――

あらゆる音楽的要素を取り込み、カルチャーとして一時代を築いた渋谷系―― その裏側にはその対極ともいえるパンクロックと同じく、ロカビリーがあった。ウッドベース、グレッチのギター、リーゼント、TATTOO といった刹那的なユースカルチャーが全国を席捲したことも80年代の終わりから90年代のはじまりにかけての忘れられない出来事であった。

あのとき撒かれたロカビリーの種は現在もしっかりと街に根付いている。

2018.08.03
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カタリベ
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