6月9日
新入社員の僕が背中を押されたポールの「フィギュア・オブ・エイト」
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ポール・マッカートニーのアルバム「フラワーズ・イン・ザ・ダート」が日本で発売された日
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photo:eil.com  

リアルタイムで聴いたアルバムは、人生のどの時期に聴いたかが重要になることがある。僕にとって1989年(平成元年)6月リリースのポール・マッカートニー『フラワーズ・イン・ザ・ダート』は正にそんな一枚。当時僕は新入社員だったのである。

バラエティーか音楽番組かどちらかという志望が災いしたのか、はたまた大学時代の体育会(途中退部)活動が認められたのか、僕は志望とは異なるスポーツ局に配属された。野球の試合を観てスコアをつけるだけで仕事になることに程無く気持ちは軽くなったものの、志望とは近くない業務内容に屈託を抱いていなかったと言うと嘘になるだろう。そんな中、大好きなポールの3年振りのニューアルバムが出るというのだから、期待してしまうのも無理はなかった。

しかしアルバムに先行して5月にリリースされたシングル「マイ・ブレイヴ・フェイス」は “ブレイヴ=勇敢な” というタイトルとはイメージの異なるミドルテンポの曲で、率直に言って少々期待外れであった。後に “ブレイヴ” は “着飾った” の意だったことを知りこの曲調にも納得がいったのではあるが。

アルバムの英米でのリリースが6月5日であったのに日本でのリリース前日8日の入荷日(フラゲ日)まで購入を待ったのは、日が近いことだけが理由ではなかったかもしれない。それまでは輸入盤をカセットで購入しひと足お先に聴いてその後にLPかCDを日本盤で購入していたのに、である。

8日木曜、今は無き東急プラザ渋谷にあったKOTANIというレコード店で僕は『フラワーズ・イン・ザ・ダート』の日本盤CDを購入した。当時未だCDのポータブルプレーヤーも持っていなかったので直ぐ聴くことは出来ず、音を求めて僕は輸入レコード店の多かった宇田川町に足を伸ばした。

するとやはり発売したての『フラワーズ・イン・ザ・ダート』が流れていて、僕は暫し店内で粘りながら1曲1曲に耳を傾けた。すると僕の耳にキャッチーなメロディーを有した、ポールがシャウトするイキのいいロックナンバーが飛び込んできた。

「ポールが帰って来た!こんなポールを待ってたんだよ…」

僕は涙目になり、もう家に帰るまで待てん! と急ぎ当時この辺りにあったタワーレコード渋谷店で輸入盤のカセットを購入、早速持っていたウォークマンで聞き始めた。数日待った甲斐はもはや全く無かった。

その曲はB面1曲めで、後にこのアルバムからの3rdシングルとなる「フィギュア・オブ・エイト」であった。この曲で特筆すべきは、ポールが高音の厳しさも露わにシャウトしているところだった。当時46歳のポールはもはや限界も隠さず、年相応の姿を見せ力強く前に進み始めた。その前向きな姿勢はポールの’80年代のスランプに終わりを告げるものであり、僕らファンも大いに勇気づけられた。そう、新入社員の僕も決定的な前に進む力を貰ったのだった。

翌1990年3月、ポールは遂にソロで初めての日本公演を実現させた。その1曲めも「フィギュア・オブ・エイト」が飾った。我々ファンにはどれだけ嬉しかったことか。

『フラワーズ・イン・ザ・ダート』のリイシュー盤は本日リリースされる。ポールの2年振りの日本公演は1か月後に迫っている。「フィギュア・オブ・エイト」の27年振りのセットリスト復活を夢見ているのは決して僕だけではあるまい。

アルバムでこの曲をポールと共にプロデュースしているのが鬼才トレヴァー・ホーンとスティーヴ・リプソン。2人はフランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドを手掛け、ホーンはイエスの’83年の全米No.1ヒット「ロンリー・ハート」(Owner of a Lonely Heart)のプロデュースでも有名だ。

『フラワーズ・イン・ザ・ダート』はとかくポールとエルヴィス・コステロの共同作業で語られがちだが、’80年代の才能とポールが漸く良い化学反応を見せたアルバムでもあるのだ。このことに関しては稿を改めたい。

2017.03.24
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  YouTube / PAUL McCARTNEY


  YouTube / AlReeve08
 

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1965年生まれ
宮木 宣嗣
この時のアメリカ盤カセット、今も残っています。宝物です
2017/03/24 16:38
1
返信
1991年生まれ
 白石・しゅーげ
感動する音楽との出会い、今すぐ聞きたい!という思いに大変共感を受けました(私にとってはモリッシーがそうなのですが)。ポールのライブは、純粋に楽しめる「ショー」だと感じるので、「フィギュア・オブ・エイト」はそんなライブにぴったりかもしれません。
2017/03/24 13:06
1
返信
カタリベ
1965年生まれ
宮木宣嗣
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