5月30日

ピーター・ガブリエル「Ⅲ」80年代を席巻するゲートリバーブが世界初登場!

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ピーター・ガブリエルのサードアルバム「Peter Gabriel 3: Melt」が米国でリリースされた日
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Peter Gabriel / Peter Gabriel 3: Melt


ゲイブリエルだけどガブリエル


Peter Gabrielのことを書く時にいつもウームとなってしまうのが、「ガブリエル」というカタカナ表記。発音からすれば「ゲイブリエル」ですけど、日本じゃ圧倒的に「ガブリエル」ですからね。まあ「ガブリエル」ってのはキリスト教の三大天使のひとり(他にミカエル、ラファエル)ですから、そっちのほうがピーターさんよりずっと前からいたので、読みまでそちらに寄せちゃったんでしょうね。ちなみに「ミカエル」は英語で「Michael」で、それは「マイケル」と読むのにね。いや、これも実際は「マイコー」に近いですけど。

ピーター・バラカンさんがしょっちゅう指摘されてますが、外国語のカタカナ表記はほんとデタラメです。だから私は、馴染みがなさそうな海外の名前や固有名詞には、なるべく原語表記も添えるようにしているんですが、それも、縦書きだったらたいへんですよね。アルファベットの縦書きは読みにくいことこの上ない。かと言って、アルファベットだけ横向きだと、本を90度回さなきゃならないし。アラビア数字もそんな感じです。縦書きは日本語のアイデンティティではあるんですが、実用性の面で不満なんですよね。日本人のつくるものがガラパゴス化しやすいのは、この縦書き文化もひとつの理由かも? …違うか。

ともかく、しょうがないので「ガブリエル」と書きます。

マジメでネクラ(?)なピーター・ガブリエル


ピーター・ガブリエルはたぶん、マジメで暗い性格なんでしょうね。伝記とか読んでいないので、よくは知りませんけど、様々な状況からそう考えざるを得ません。

まず、1975年に “Genesis” を脱退した時の主な理由が「スターを意識する自分に嫌気がさした」ことらしいですからね。ロックアーティストを目指す人って、もちろんロックが好きで始めるんでしょうけど、一方で「人気者になりたい」という下世話な願望も、必ず持っていると思ってました。いや、ある程度は持ってないと成功できないでしょう。むしろアーティストたる者の必要条件であると言ってもいい。で、それが嫌になったのなら、一線から退いてしまうのがふつうでしょうに、しっかりソロ活動を続けていくんですから、不思議です。「スター」にありがちな派手な行動や売れ線の曲を避けていけば、「スターじゃないこと」と「音楽家であること」の両立が可能だ、とか考えたんですかね。

だから、ソロの1stから4thまでのアルバムはどれもジャケットが暗い。人気デザイン集団のヒプノシスが担ってますから、インパクトはありますが、華やかさとは対極です。今回のターゲット、3rdアルバムは、顔が半分溶けているので「Melt」とも呼ばれていますが、ガブリエル自身も自分の子どもたちには見せないようにしていたらしいです。

そして、なんと4作とも正式タイトルは『Peter Gabriel』なんです。これも商売気ゼロですよね。ツェッペリンもそんなことやってましたけど。さすがに市場では、「1」〜「4」や、ジャケットのイメージから「Car」「Scratch」「Melt」「Security」という通称をつけていますが。

曲もやはり、基本的に「陰鬱」な感じのものが多い。『1』と『2』の米国での販売は、Genesisと同様、Atlanticレコードが扱っていたのですが、『3』は「商品性に乏しい」という理由で、契約を外されてしまいました。Atlanticの名物社長アーメット・アーティガン(Ahmet Ertegun)は、収録曲の「Biko」を聴いて、「アメリカ人が南アフリカのこんな男のことに関心を持つか?」とか、「Lead a Normal Life」を聴いて、「ピーターは精神病院にでも入っていたのか?」などと尋ねたとか。ひどいよね。

そもそも彼は声が暗いんですね。冬のロンドンの、低く垂れ込めた曇り空みたい。対照的に、ガブリエルが抜けた後、Genesisのリードボーカルを担ったドラマーのフィル・コリンズ(Phil Collins)は、基本的に似たようなハスキー系ですけど、軽くて明るい声質をしています。

ボーカルの声質って、曲の印象の中の大きな部分を占めますよね。ポップミュージックの売れる売れないは、半分くらいは声質に左右される、と言っても過言ではないのかなと思っています。ガブリエル時代のGenesisもその音楽のユニークさや演奏力で、そこそこの人気は得ていましたが、コリンズのボーカルになって、もっと広範囲に売れ始めました。もちろん、曲が分かりやすくポップになったこともその要因でしょうが、コリンズのボーカルがそのポップ度を大きく増幅していたことは明白です。

そしてGenesisは、1986年に、シングル「Invisible Touch」が見事全米1位に輝くという大飛躍を遂げるわけですが、驚いたことに、ガブリエルも同じ年には、シングル「Sledgehammer」が全米1位を獲得しているんですよね。それも、「Invisible Touch」を1位の座から蹴落とす形で。

声質のハンデを覆す音楽性の高さ


おいおい、声質が売れ行きを左右するって話じゃないんかい。そうなんです。そこが言いたいのですが、ガブリエルの場合、その声質のハンデ(?)をものともしていないのです。まあ「Sledgehammer」は、あの「コマ撮りアニメーション」でつくられた斬新かつ精妙なミュージックビデオのインパクトが、「MTV」が最も勢いがあった時期に重なるという大きなヒット要因があったのですが、Atlanticから拒否された、陰鬱な曲を暗い声で歌ったアルバム『Melt』も、どっこい、全英1位を獲得し、全米も22位にまでいってるんですよ。



そう、それだけ、音楽的に素晴らしいのです。私自身、暗くて重い音楽は苦手なのですが、ガブリエルはだいじょうぶ。特にこの『Melt』は何度でも聴ける。1曲目の「Intruder」も、曲自体は相当に暗く、体調悪いの? と訊きたくなるような声で歌っていますが、ドラムサウンドを中心に、どんどん惹き込まれるし、飽きません。このアルバムはスティーヴ・リリーホワイト(Steve Lilywhite)がプロデュースしていますが、彼はドラムの音にすごくこだわる人。彼がエンジニアのヒュー・パジャム(Hugh Padgham)およびフィル・コリンズと、試行錯誤を重ねて、編み出したのが「gated drum sound」です。

日本ではふつう「ゲート・リバーブ」と呼びます。スネアドラムとかタムに深いリバーブをかけた上で、「ノイズゲート」という器械で、そのリバーブの余韻の音量があるレベルまで下がると自動的に、バサッと音をカットしてしまう。出口をシャットダウンするので「gate=門」なのです。激しい音ながらフッと消えるという、印象的な効果を出せる手法で、その後のコリンズのソロ曲「In the Air Tonight」(1981)なんかが典型的な使用例ですが、多くの人が真似て、80年代ロックシーンで大流行しました。その世界初登場がこの『Melt』の「Intruder」、そして「No Self Control」なのです。

もちろん、リリーホワイトが勝手にやったわけではありません。そこにはガブリエルからのドラムに対する条件が関わっていました。それはこのアルバムではシンバル類を一切使用しない、というものでした。だけどただマイナスするだけではつまらない。代わりに何か面白い音響効果を。「gated drum sound」はリリーホワイトからの回答でした。「制限をむしろ活かして活路を見出すことがブレイクスルーに繋がる」… エンタテインメントにも商品開発にも当てはまる金科玉条ですね。

ケイト・ブッシュとの関係


ケイト・ブッシュ(Kate Bush)が「No Self Control」と「Games without Frontiers」にコーラスで参加していますが、彼女も自身の4thアルバム『The Dreaming』(1982)で、「gated drum sound」を大胆に導入しています。明らかにガブリエルの影響だと思います。ホントは録音をすべてヒュー・パジャムにやってほしかったのだけど、彼は忙しすぎて少ししか関われなかったそうです。

ブッシュは3rdアルバム『Never for Ever(魔物語)』(1980)から使い始めた、当時最新鋭のサンプリング・シンセサイザー「Fairlight CMI」も、この時ガブリエルからその存在を教えてもらったと言っています。『Melt』のクレジットには「Fairlight CMI」の名前はありませんが、「Intruder」や「No Self Control」や「Lead a Normal Life」のマリンバは、「Fairlight CMI」でサンプリングして録音しているように思います。

ガブリエルは1979年に、デイヴィッド・ギルモア(David Gilmour)から紹介されて、ブッシュと知り合ったみたいですが、その頃妻と不仲だったので、彼女と「急接近」したという噂もあるようです。不倫はいけませんが、くそマジメで根暗の彼には、むしろちょっとホッとするような話だと思ってしまいます。

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2022.09.13
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  YouTube / Peter Gabriel
 

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カタリベ
1954年生まれ
ふくおかとも彦
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