目覚めた伊藤銀次のロックスピリット
1984年、『BEAT CITY』で大きくロック方向に舵をきった銀次。ファンの間では賛否両論あったのだけれど、すっかりロックスピリットが目覚めてしまった銀次は、戸惑うことなく続く1985年もこのロック的なアプローチでまっすぐ進んで行ったのだった。
その流れでリリースされたのが、アルバム『PERSON TO PERSON』なのだが、スタッフからの要請で、今回は、アルバムを全曲レコーディングしたあとその中から先行シングルを選ぶやりかたをやめて、シングルのA / B面2曲のみに重点的に力を入れてレコーディングすることになった。そうして制作されたのが「夜を駆け抜けて」とカップリングの「愛をあきらめないで」なのだ。
サウンドイメージはフィル・コリンズ、詩のイメージはハードボイルド
サウンドのイメージは、当時気に入ってよく聴いていた、フィル・コリンズのアルバム『フィル・コリンズ3(ノー・ジャケット・リクワイアド)』に入っていた「知りたくないの(I Don’t Wanna Know)」みたいなのがいいな… と思った。
言葉(詩)に関しては、前から僕の中にあった “きびしい現実に立ち向かう時にやさしい気持ちを損なうことなく、どうやっていけばいいのだろう” という思いが初めて形になって現れてきたようだ。
10代は主にSFを好む夢見る少年だったが、20代になってロス・マクドナルドやレイモンド・チャンドラーなどのハードボイルドを知り、むさぼるように読み漁ったその影響があるのかもしれない。
「タフでなければ生きていけない、優しくなければ生きていく資格がない」
その後もこの精神は現在に至るまで、僕が書くいくつかの詩の奥に潜んでいる気がする。
「夜を駆け抜けて」レコーディング開始!
そして、レコーディング当日、スタジオに集まったミュージシャンはなんと、キーボードの国吉良一さんとギターの土方隆行君の2人だけ。
パッと聴き、とても人間臭いロックサウンドなのだが、ドラムは人間ではなくリンドラムの打ち込みで行くことにした。その頃の欧米のポップロックのように、横揺れのないタイトなノリでどうしてもやってみたかったのだ。
そのデータを打ち込んでくれたのは初期シュガーベイブのパーカッション、その後あがた森魚さんのヴァージンVSのドラマーだった木村しんぺい君。なんとほぼ10年ぶりの再会で、これもまたうれしい出来事だった。
曲が化けた! 佐野元春とのアイデアのキャッチボール
制作に入った時は、思いもつかなかったけれど、ダビングが進むうち「佐野君にコーラスで参加してもらえないかな」となった。自ら電話してみると、こころよく引き受けてくれた。その段階ではあくまでバックコーラス的なものをイメージしていたのだが、当日彼がスタジオに来てくれ録音が始まったらすごいことになった!
サビの「♪ ひとりだけのNight & Day」と「♪ 傷つくことを恐れない」のあとにそれぞれ2小節の空間があったので、そこに「♪ Keep On Fightin’」と「♪ Keep On Shinin’」というバッキングコーラスを入れて、いわゆる “コール&レスポンス” みたいになったらカッコいいんじゃないか… と、佐野君にそのアイデアを投げかけたところから、不思議な化学反応が起きはじめたのだ。
そのアイデアを、まさに佐野君らしいロックフィーリングにあふれた歌い方で決めた後、今度は彼から、その直後にある次のAメロへのつなぎのつもりでつくった6小節の小間奏のような部分に、「こんなのはどうだい?」とアイデアが出てきたり、アイデアのキャッチボールをしているうちに、思ってた以上に曲がスケールアップしてきた。
いわゆる “曲が化ける” というヤツで、気がついたら、まるでジャクソン・ブラウンとブルース・スプリングスティーンのデュエット曲みたいになっていたのだった。
あわやお蔵入り? …の危機を救ったエピック社長丸山茂雄の鶴の一声
まさかこんなふうに曲が化けてしまうとは。スタジオではすごい手応えを感じていたのだけれども、そのあとスタッフの間ではどうも大変なことになったらしい。
ふつうアーティストは他社のアーティストのシングル盤で、レコード会社の承諾なしにリードヴォーカルに準じた形で歌うことは許されていないのに、思わず僕たちはノリにまかせてやってしまったようで、佐野君が所属していたエピック・レコードからクレームがついたのだ。
せっかくかっこいいものができたのに。「お蔵入りかぁ…」と、しょげてたところに当時のエピックの社長だった丸山茂雄さんが、
「アーティスト同士が盛り上っちゃんだからいいじゃないか」
…との鶴の一声でリリースはOKに。
ほっ… よかった。丸山さんにはその後もいろいろとお世話になるのだけれど、この時は、ほんとに、ほんとに感謝の気持ちでいっぱいになりました。
あらためて、丸山さん、ありがとうございました。
その後、佐野君から彼の『VISITORS』アンコールツアーにバブルガム・ブラザーズと共にゲストで出てくれないか、との依頼があり、「ぜひ銀次に「夜を駆け抜けて」を歌ってほしいんだ」とのなんともうれしいリクエストが!!
全国8カ所でのアリーナクラスのホールで、ハートランドをバックにこの曲を歌うことができたのは、ほんとに気持ちがよかった。なんとそのときの演奏が録音されていて、銀次のデビュー45周年を記念して2017年にリリースされた『POP FILE 1972-2017』に収録されることになったのも、なかなか感慨深いものがあったね。
2021.04.27