ABBAのようなヨーロピアンディスコ、松田聖子「Rock'n Rouge」
「ガラスの林檎」「SWEET MEMORIES」「瞳はダイアモンド」と、しっとりとしたスローナンバーが続いた松田聖子の1983年後半。そろそろ明るめのナンバーが来てもいいのではないかと思っていたころ、1984年最初のシングルは「Rock'n Rouge」というタイトルだということを知る。
「Rock'n Rouge」というからには、軽快なロックンロールナンバーなのだろうか? 例えばファーストアルバム『SQUALL』に収録されている「ロックンロール・デイドリーム」のようなイキのいいアップテンポの曲? それもアルバム『Candy』に収録されている「Rock'n'roll Good-bye」のようなかわいらしいロックンロール? …… など勝手にいろいろと想像していたのだが、初めてラジオで聴いた「Rock'n Rouge」はどう聴いてもロックンロールではなかったので、正直なところちょっと拍子抜けしたのはナイショの話(笑)。
しかし、春らしいポップな仕上がりで、久しぶりに明るく歌う聖子が見られるというのはとても嬉しかった。作曲した呉田軽穂(松任谷由実)は、
「聖子でABBAのようなヨーロピアンディスコをやりたかったので、今回はスイスイ出来た」
… と、当時聖子のラジオにゲストで出演したときに語っていた。トップノートがそのままでコードだけが変わっていくイントロは、まるでジャズのスタンダードナンバー「ワンノート・サンバ」のようで心地よい。分数コードがあちこちに見受けられるところなども、ユーミンらしい洗練された作りになっている。
松本隆が描く、胸がキュンとする恋の駆け引き
しかし、そのメロディーを受けた松本隆は作詞に相当苦労したと聞く。この曲はカネボウ化粧品春のキャンペーンソングとなることから、歌詞にいろいろな制約もあったようで、煮詰まったあまりしばらく失踪していた… という噂もある。
では、それだけ作詞に苦労したというこの曲、一体どういう世界が描かれているのかというと、いわゆる まだ付き合う前の初デート”。
アイドルが歌う曲の歌詞にはよく使われるシチュエーションではある。しかしそこは松本隆、最初から最後まで胸がキュンとする恋の駆け引きの様子が繰り広げられている。「瞳はダイアモンド」で描かれた失恋の世界が絵画的だったのに対して、「Rock'n Rouge」はコミカルに描かれたラブストーリーの少女マンガを読んでいるような感覚。
グッと渋い SPORTS CARで
待たせたねとカッコつける
髪にグリース光らせて
決めてるけど絵にならない
「カッコつける」「決めてるけど絵にならない」というフレーズから、この彼氏、この日のスタイルがまったく板についてないということが想像できる。
「グッと渋いSPORTS CAR」はレンタカー? 髪に光らせたグリースも、きっと使い慣れてないんだろう。でも初デートだから相当気合入れたんだろうな。当時私は高校生だったけど、真面目よりはワルのテイストが入ったヤツのほうが断然モテていた。だからこの彼氏も、その路線を狙ったほうが女の子の気を引けると考えたのだろう。
1ダースもいる GIRL FRIEND
話ほどはもてないのよ
100万$賭けていい
アドレスには私きりね
初めてのデートという、わりとリアリティを感じるシチュエーションにもかかわらず、5人とか10人ではなく「1ダース」、100万円ではなく「100万ドル」というワードをあえてチョイスするところがいい。少女マンガにそこまでのディティールや生々しさは必要ない。
「嫌よ嫌よも好きのうち」がチャーミングになる不思議
PURE PURE LIPS 気持ちはYES
KISSはいやと言っても反対の意味よ
いわゆる「嫌よ嫌よも好きのうち」が、松本隆にかかるとちゃんとチャーミングなムードになるから不思議。しかし、このフレーズを鵜吞みにして女の子に強引にキスしてひっぱたかれた男子はどのくらいいただろう(笑)。
PURE PURE LIPS
待っててPLEASE
花びら色の春に
I WILL FALL IN LOVE
「I will fall in love」であって「I am falling in love」ではない。未来形からまだ恋に落ちてはいない、ということか。もちろん「will」ということは、そこに彼女の「あなたと恋に落ちてもいい」という意志も感じられるのだが、「私の気持ちが固まるまで待ってて」と、ちょっと焦らしている彼女の意地悪さが垣間見える。
この彼氏、もう少し頑張りが必要かな。「君が、ス・ス・スキだ」と大事な告白でもつれている場合ではない(笑)。この後二人はちゃんと進展するのかな? なんて想像する余地をリスナーに与えるところもさすがの松本隆である。
やっぱり聖子にはキャッチーなアップテンポの曲がしっくりくる!
ところで、この曲、発表されなかった別バージョンの歌詞があるのはファンの間ではわりと有名な話。私も過去に耳にしたことがあるのだが、リリースされたバージョンと比較すると、確かに少し説明が多いという印象を受けた。やはりCMソングとして使われるからには、言葉をそぎ落としていくことも必要なんだろうなぁ… と感じたものだ。おこがましいかもしれないが、プロってスゴいな、と。
この曲は67.4万枚を売上げ、1984年のオリコンシングル年間チャートでは3位を記録している。当時勢いのあったチェッカーズ「涙のリクエスト」(年間4位)「哀しくてジェラシー」(年間5位)「星屑のステージ」(年間8位)や中森明菜「十戒(1984)」(年間6位)を抑えての記録は「さすがアイドルの女王・松田聖子」といえる。それは当時「やっぱり聖子にはキャッチーなアップテンポの曲がしっくりくるな」という反応の表れだったのかもしれない。
特集 松本隆 × 松田聖子
2021.08.02