6月1日

中森明菜「トワイライト」角川娘に立ち向かった来生姉弟のスローバラード

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中森明菜のシングル「トワイライト ―夕暮れ便り―」がリリースされた日
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photo:Warner Music Japan  

アンダースローのピッチャーと “頭サビ” ポップスの関係とは?


このごろ、プロ野球でアンダースローの投手をあまり見かけなくなった。

思えば、僕らアラフィフが子供時分に熱中した70年代から80年代のプロ野球は、アンダースローの投手が各球団に大抵1人か2人はいて、先発ローテーションで活躍していた気がする。阪急の二本柱・足立光宏と山田久志を始め、日本ハムの高橋直樹、広島から南海に移籍した金城基泰、巨人から阪神に移籍した小林繁、西武の永射保と松沼兄こと松沼雅之、ロッテの仁科時成―― そして、漫画『ドカベン』の里中智etc.

それが近年は、思い当たるアンダースロー投手と言えば、千葉ロッテにいた “ミスターサブマリン” こと渡辺俊介と、東北楽天の牧田和久、それに2019年の新人王、ソフトバンクの高橋礼くらいか。

なぜ、アンダースローが衰退したのかは諸説ある。まぁ、ざっくり言えば、90年代以降、日本の野球がパワーベースボールになったからだろう。技巧どうこうより、パワーとスピードでドカンと。良く言えばダイナミックに、悪く言えば大味な野球に――。

同様に、70~80年代の歌謡曲やポップスには、俗に “頭サビ” と言われる楽曲が結構あった。頭サビとは、いきなりサビから始まる楽曲のこと。ほら、山口百恵の「青い果実」とか、岩崎宏美の「ロマンス」とか、中島みゆきの「時代」とか、松田聖子の「青い珊瑚礁」とか――。どの歌手も大抵、シングル4、5曲に1曲は頭サビの楽曲だったと思う。それが近年は、あまり頭サビの楽曲を見かけない、いや、聴かない気がする。

これについても原因は諸説あると思うが、個人的にはメロディの枯渇が影響しているように思う。そもそも “頭サビ” とは、キャッチーなサビあってのもの。メロディが立っていなければ、そもそも頭サビもないだろう。

なぜ―― こんな話をクドクドしているのかと言えば、僕はアンダースローと頭サビの楽曲が、三度のメシより好きなのだ。そして、今日取り上げるあの曲も――。今から38年前の1983年6月1日にリリースされた中森明菜5枚目のシングル「トワイライト ―夕暮れ便り―」である。

来生姉弟が手掛けた3作目のシングル「トワイライト ―夕暮れ便り―」


 こめかみには 夕陽のうず
 てりかえす海 太陽にそまる
 日傘の下 目を細めて
 あおいだ景色 あなたにも見せたい

作詞・来生えつこ / 作曲・来生たかお―― ご存知、明菜のデビューシングル「スローモーション」やサードシングル「セカンド・ラブ」のコンビだ。誤解している人も多いが、夫婦ではない。姉弟である。

初期の明菜のシングルが、聴き手を飽きさせない戦略のもとに、1曲ごとにスローバラードとアップテンポを交互にリリースしたのは有名な話である。事実、当初セカンドシングルの予定だった「あなたのポートレート」(ファーストアルバム『プロローグ<序幕>』に収録)は、新人アイドルとしては異例とも言えるロック調の「少女A」に変更され、オリコン最高5位と、デビュー曲の出遅れを挽回した。

だが、このブレイクしたツッパリ路線を続けず、再び、来生姉弟コンビに戻すのが、チーム明菜の有能なところ。続くバラード曲の「セカンド・ラブ」は至高のメロディで念願のオリコン1位を獲得し、『ザ・ベストテン』でも8週連続1位を記録。もはや中森明菜は82年組のエースどころか、一躍、松田聖子を脅かすトップアイドルに躍り出る。ちなみに、同曲は今もって明菜の歴代シングル最高セールスである。

そして、4枚目のシングル「1⁄2の神話」が、再び「少女A」の売野雅勇が作詞を担当し、作曲はソロデビュー前の大沢誉志幸を抜擢。アップテンポなロック調の楽曲に仕上がり、これまた『ザ・ベストテン』で7週連続1位と大ヒット。一方、トップを走る聖子は、この時期「秘密の花園」で9作連続オリコン1位の新記録を樹立するも、セールスはデビュー曲に次ぐワーストへと沈む。

そう、この時点で、勢いは完全に明菜のほうにあった。構図としては、アイドル・聖子に対して、ロック・明菜という対立軸が鮮明になった。新しもの好きのマスコミは明菜ブームを煽り、もはやその人気はアイドルの世界をはみ出し、社会現象化していた。

―― これが、明菜の5枚目のシングル「トワイライト ―夕暮れ便り―」の前日譚である。

抜群の中森明菜ワールド、憂いのある表情、無造作なポニーテール…


想像するに、当時の来生姉弟のプレッシャーは相当なものだったろう。既に明菜はトップアイドルであり、失敗は許されない。順番から行けば、次の5枚目のシングルは、スローバラードの“奇数組” の自分たちの番だ。だが、アイドルらしからぬ過激な詞とロック調のサウンドで、評論家ウケしやすい “偶数組” と比べて、どうしてもインパクトで劣る。純粋にメロディで勝負するしかなく、重圧は半端なかったはず。正直、「セカンド・ラブ」のような超・名曲は、そうそう作れるものではない――。

だが、そんな作り手の苦悩など、ファンは知る由もない。僕もその一人だった。当然、次は来生姉弟でくると予想していたので、来生メロディファンとしては、今か今かと待ち焦がれていた。個人的には、「1⁄2の神話」は過大評価だと思っていたので、早くスローバラード路線に戻ってほしかった。

その日がやってきた。時に1983年6月13日―― 『夜のヒットスタジオ』(フジテレビ系)にて、新曲「トワイライト ―夕暮れ便り―」がテレビで初めて披露されたのだ。短めの前奏はすぐにトップモードに達し、歌が始まった。「♪こめかみには……」―― その瞬間、僕は心を鷲摑みされた。

――「いい曲じゃん!」

それは、僕が期待した通りの来生メロディだった。しかも―― 大好きな “頭サビ” である。あっという間に曲の世界観が作られ、歌う明菜は詞の中のヒロインになった。憂いのある表情が抜群にいい。

 絵はがきを 一枚だけ
 さりげなく あなたへ出す
 元気です 一行だけ
 したためて ポストへ落とす

また、この曲を歌う明菜の髪型も最高だった。ブロウしたロングヘアを無造作に高い位置でポニーテール。これがまた似合う。同曲のレコードジャケットも同じ髪型だが、個人的には明菜の全シングル中、一番可愛いと思う。ついでに言えば、『ひょうきんベストテン』でも、同曲を歌う可愛かずみサンは同じ髪型をしていたが、これまた抜群に可愛かった。

僕は「トワイライト」が大好きになった。「スローモーション」「あなたのポートレート」「セカンド・ラブ」の一連の来生メロディに勝るとも劣らないクオリティだと確信した。実際、6月27日には『ザ・トップテン』で1位に、同じ週の30日には『ザ・ベストテン』でも1位に輝いた。

だが―― そんな僕の期待に反して、同曲は早くも陰りを見せる。

チャートはレッドオーシャン、薬師丸ひろ子&原田知世の強力布陣


 やはりあなたと 一緒にいたい
 ひとこと 書きあぐね

先の2つのランキング番組とも、2週連続1位のあと、2位に後退したのである。替わって1位に立ったのが、両番組とも薬師丸ひろ子の主演映画の主題歌「探偵物語」だった。作詞・松本隆、作曲・大瀧詠一。前作「セーラー服と機関銃」から1年半ぶりのリリースで、作家陣も豪華。クオリティも最高。いくら明菜でも、相手が悪かった。

不運は続く。その「探偵物語」の背後に控えていたのが、同時上映の主題歌―― 原田知世の「時をかける少女」だった。作詞 / 作曲・松任谷由実。言わずと知れたメロディの女王だ。こちらもクオリティは申し分ない。ジワジワとランクを上げてきた。

「トワイライト」は後退した。角川娘2人がかりと来れば、ひとたまりもない。同曲はやがてランク外へ消え、人々の記憶から急速に薄れていった。そして―― 1つ置いて次の奇数、7枚目のシングルは来生姉弟が外れ、作詞・康珍化、作曲・林哲司の「北ウイング」が選ばれた。作家陣は、明菜自らの指名だったという。

 感じますか 届きますか
 このたそがれと 恋ごころまでも
 まぶしいほど 苦しいほど
 あなたへの愛 迷わない 今なら

以後、明菜のシングルに来生楽曲が再び登場することはなかった。敬遠された? ―― いや、あえてフォローしたい。かつて明菜は『ザ・ベストテン』に出演した際、“「少女A」よりも「スローモーション」の方が好き” と答え、また来生姉弟から「セカンド・ラブ」を提供された際も、“繊細な歌詞とメロディに心を揺さぶられた” と証言している。本音では、ロック調のツッパリ路線よりも、メロディアスな来生路線の方が好きだったのではないか。

現に、デビューの前年、『スター誕生!』(日本テレビ系)に出場した際も、本選と決選大会の2度に渡って歌ったのは、尊敬する山口百恵のツッパリ路線の「プレイバックPART2」ではなく、明るくメロディアスな「夢先案内人」だったのである。



※ 指南役の連載「黄金の6年間」
1978年から1983年までの「東京が最も面白く、猥雑で、エキサイティングだった時代」に光を当て、個々の事例を掘り下げつつ、その理由を紐解いていく大好評シリーズ。

■ さとう宗幸と黄金の6年間、運命のミリオンセラー「青葉城恋唄」ヒットの軌跡
■ 究極のアップデート “1983年の松田聖子” を超えるアイドルは存在しない!
■ 黄金の6年間:映画「エーゲ海に捧ぐ」シルクロードブームの源流を辿る道…
etc…


※2020年6月7日に掲載された記事をアップデート

2021.05.05
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カタリベ
1967年生まれ
指南役
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