4月21日

黄金の6年間:映画「エーゲ海に捧ぐ」シルクロードブームの源流を辿る道…

60
0
 
 この日何の日? 
映画「エーゲ海に捧ぐ」が劇場公開された日
この時あなたは
0歳
無料登録/ログインすると、この時あなたが何歳だったかを表示させる機能がお使いいただけます
▶ アーティスト一覧

 
 1979年のコラム 
資生堂 vs カネボウ CMソング戦争 〜 燃えるナツコとゆう子のビート!

早すぎたニューロマンティック、時代は「ジャパン」に追いつけなかった

千鳥ヶ淵の夜桜に誓ったクイーン来日武道館公演、忘れじのチケット争奪戦!

ジョージ・ベンソン スタイル、ギタリスト野口五郎が眩しかった!

俳優が歌う1979年を代表するヒット曲「カリフォルニア・コネクション」

SHOGUN の奏でる「男達のメロディー」時代の転換期にタイムスリップ!

もっとみる≫




日本文学界の “新人賞” それが芥川賞


よく誤解されがちだが、芥川賞は日本文学界のMVPではなく、新人賞である。

そう、例えて言えば、日本レコード大賞の「新人賞」にメディアや世間が騒いでるようなもの。「レコード大賞」のことは置いといて――。

実は、芥川賞が制定された当初は、ここまで騒がれる存在ではなかったという。例えば、1955年に遠藤周作が受賞した際は、授賞式も新聞社の文芸部と文藝春秋社の人間が10人ほど集まるくらいの内輪なものだったとか。

同賞が世間から一躍注目されるようになったのは、その翌年―― 1956年1月、一橋大学在学中の石原慎太郎が『太陽の季節』で、史上最年少(当時)の23歳で受賞してからである。圧倒的な若さ、無軌道な描写、享楽的な若者たち―― 同書から “太陽族” なる流行語が生まれ、社会現象となった。経済白書に「もはや戦後ではない」という文言が記されるのは、その半年後である。

文学界最大のお祭り、求められるものは何をおいても「新しさ」


それ以降、芥川賞は日本文学界最大のお祭りになった。開高健、村上龍、唐十郎、辻仁成、綿矢りさ、又吉直樹―― 時に異業種から、時に学生作家から受賞者が輩出されることも珍しくなく、またそれが社会現象となり、芥川賞の権威はさらに高まった。

一方で、芥川賞の権威の裏付けとして―― 文学とは常に新しくあるべし、という見方もある。小説を英訳すると「novel(ノベル)」だが、この言葉、語源は日本語の “述べる”―― というのはウソで、“new story” を意味するラテン語である。つまり、元来、小説とは何を置いても「新しさ」が最上級に求められたのだ。その視点に照らせば、新しい才能を発掘する芥川賞は、日本文学界最高の賞と言っても過言ではない。

そう、それは画家や版画家、書家、陶芸家などマルチに活躍された池田満寿夫サンが処女作『エーゲ海に捧ぐ』で1977年に芥川賞を受賞した時もそうだった。正直、技巧的なことを言えば、彼よりも上手い新人作家は数多いた。だが―― その絵画的な描写は確かに新しかった。それゆえ、選考会は荒れに荒れ、選考委員の一人、作家の永井龍男が抗議で辞任するという事件にまで発展する――。

少々前置きが長くなったが、今日4月21日は、そんな池田満寿夫サンの『エーゲ海に捧ぐ』の芥川賞受賞から2年後、1979年に同小説の映画版が公開された日に当たる。

シルクロードブームの発端、それは “南太平洋裸足の旅” なのか?


さて、ここからが本題である。
実は本コラム、以前に僕が書いた『黄金の6年間:ジュディ・オング「魅せられて」シルクロードブームの源流を辿る道…』の続編である。70年代後半、やたらエンタメ界で、地中海や西アジア、インド、モンゴル、中国など、シルクロードを連想させる楽曲やテレビ番組が頻発したが、あの一連のブームは何が発端だったのかを探るというもの。

前回は、ジュディ・オングの「魅せられて」を入口に、プロデューサーであるCBSソニーの酒井政利サン経由で、電通の藤岡和賀夫プロデューサーの発案で行われた、あるイベントに辿り着いた。酒井サンを始め、各界で活躍するクリエイターたちを集めて、南太平洋のサモアにて行われた、1977年夏の「南太平洋裸足の旅」である。

それは、ワコールと資生堂がスポンサーについていた。目的は、各界のクリエイターたちによるブレーンストーミング。その成果の1つが、ワコールのCMソングの「魅せられて」であり、同CMとタイアップした映画『エーゲ海に捧ぐ』だった。もちろん、原作者の池田満寿夫サンも、「南太平洋裸足の旅」に参加した一人である。

角川春樹の動向、自社の文芸誌「野性時代」に掲載された小説なのに…


―― となれば、池田サンの同名小説の芥川賞受賞に、シルクロードブームの源流を紐解くヒントがありそう…… と想像を巡らせたところで、はたと途方に暮れたのが前回のラストだった。なぜなら、それは角川書店(現・KADOKAWA)の文芸誌「野性時代」の作品ながら、映画化にあたって角川春樹社長(当時)が絡んでいなかったからである。芥川賞の話題作なのに――。

今回、その答えを探るべく、改めて件の小説を読み返してみた。

何のことはない。答えは文中にあった。かの物語に “エーゲ海” は一切登場しない。それは、米・サンフランシスコにいる “私” と、日本にいる妻との国際電話の会話がメインの話だった。エーゲ海とは、“私” が愛人の女性器につけた愛称である。わずか50ページ強の短編だ。これを春樹社長が映画化しなかったのは、極めて理性的な判断だろう。

思い返せば、角川映画第1作は『犬神家の一族』、2作目は『人間の証明』、3作目が『野性の証明』―― どれも、バリバリのエンタテインメントだ。要は、春樹社長は、客の呼べる原作にしか興味がなかったのである(褒めてます!)。

原作も脚本も監督も池田満寿夫、でも小説と映画は全くの別もの


そんな次第で、小説『エーゲ海に捧ぐ』と、映画『エーゲ海に捧ぐ』は別もの。映画版は、池田サンが自身の別の短編小説『テーブルの下の婚礼』の要素も加え、設定を東京からローマとエーゲ海に移し、オリジナルのシナリオに仕上げ、自ら監督したもの。日本とイタリアの合作映画である。

有名な話だが、主人公の愛人役に、今や政治家として活躍するチチョリーナが出演している。当然ながら脱ぎまくっているが、いやらしい感じはしない。それもそのはず、同映画はワコールが出資しており、彼女はそのCMモデル(商品はフロントホックブラ)で、何より清潔感が求められたのだ。

つまり―― 映画『エーゲ海に捧ぐ』は、ワコール(あるいは電通)が池田サンの小説から “エーゲ海” のワードだけ拝借し、かの地を舞台に物語を作り替えるよう、リクエストしたもの。官能的な描写こそ話題になったものの、逆に言えば、それだけの作品だったとも。となると、なおのこと、なぜ彼らがそこまでエーゲ海に執心したのか、新たな疑問も残る。

新説登場! TBS「おはよう720」の “ユーラシア大陸横断企画”


困った、振出しに戻る―― その時だった。ふと、前の「魅せられて」のコラムがアップされた際にフォロワーさんから寄せられた、ある番組のことを思い出した。それは、こんな書き込みだった。

“ご存知かとは思いますが、75-76年にTBS『おはよう720』の「ユーラシア大陸横断企画」が人気を集め「ビューティフル・サンデー」も大ヒット。”

そうだ、『おはよう720』の「キャラバンⅡ」だ。「リスボン-東京70,000km」と銘打ち、トヨタの協力のもと、番組キャスターたちが交代でカローラセダンとクラウンワゴンに乗り込んで、ユーラシア大陸を横断した、あの企画――。テーマソングは、ダニエル・ブーンの「ビューティフル・サンデー」で、同番組からオリコン15週連続1位の大ヒット。

思えば、1975年4月に南ベトナムの首都サイゴンが陥落し、長きに渡ったベトナム戦争が終結。アメリカ兵たちは国に戻り、そこで花開いたのが、西海岸のアウトドアスポーツ文化だった。一方、同年7月には、ヨーロッパで東西冷戦の壁を越えて、北米を加えた35ヶ国による全欧安全保障協力会議で「ヘルシンキ宣言」が採択。欧州でも急速な雪解けが進んだ。

そう、70年代半ば、世界はデタント(雪解け)を迎えた。その年の秋に始まったのが、モーニングショーの草分け、TBSの『おはよう720』だった。まだ日テレが『ズームイン!!朝!』を始める4年前。民放の朝はTBSの独擅場だった。その番組で人気を博した看板コーナーが、ユーラシア大陸をクルマで横断する「キャラバンⅡ」だったのだ。

70年代後半、憧れの外国はパリからアメリカへ、そしてシルクロード…


かつて、日本人にとって、長らく憧れの外国はパリであった。それが70年代半ば、転換期を迎える。1つは、76年に創刊された平凡出版(現・マガジンハウス)の『POPEYE』が広めたアメリカ西海岸文化である。アウトドアやリゾートスタイルが脚光を浴び、日本のポップスも影響を受けた。

そして、もう1つが、『おはよう720』がユーラシア大陸横断企画で牽引した、いわゆるシルクロード文化だったのではないか。それを機に、地中海からエーゲ海、西アジア、インド、モンゴル、中国等々にも光が当たり、かの地を舞台としたエンタメ作品が70年代後半にかけて量産される――。

(石坂浩二サンのナレーションの口調で)
ただ、シルクロードの源流を辿る道は、これ一本ではない……。


※ 指南役の連載「黄金の6年間」
1978年から1983年までの「東京が最も面白く、猥雑で、エキサイティングだった時代」に光を当て、個々の事例を掘り下げつつ、その理由を紐解いていく大好評シリーズ。

■ 黄金の6年間:サザンの「チャコの海岸物語」は桑田佳祐の確信犯的照れ隠し?
■ 黄金の6年間:ジュディ・オング「魅せられて」シルクロードブームの源流を辿る道…
■ 佳山明生「氷雨」のヒットと黄金の6年間、街に流行歌があふれていた時代
etc…


2020.04.21
60
 

Information
あなた
Re:mindボタンをクリックするとあなたのボイス(コメント)がサイト内でシェアされマイ年表に保存されます。
カタリベ
1967年生まれ
指南役
コラムリスト≫
76
1
9
7
9
黄金の6年間:ジュディ・オング「魅せられて」シルクロードブームの源流を辿る道…
カタリベ / 指南役
41
1
9
8
2
黄金の6年間:傑作「蒲田行進曲」クロスオーバー時代に生まれた化学反応!
カタリベ / 指南役
40
2
0
1
9
音楽のDNA:草野浩二と酒井政利、伝説のヒットメーカーが新宿に降臨!
カタリベ / 濱口 英樹
23
2
0
1
9
音楽のDNA:草野浩二と酒井政利、伝説のヒットメーカーが仕掛けた6つのブーム
カタリベ / 濱口 英樹
95
1
9
7
8
黄金の6年間:いよいよユーミン再始動!松任谷由実の新しい世界が始まった
カタリベ / 指南役
111
1
9
8
0
黄金の6年間:東京が最も面白く、猥雑で、エキサイティングだった時代
カタリベ / 指南役