1993年 7月21日

伊藤銀次「LOVE PARADE」SMAPのアレンジでもお馴染み!CHOKKAKUとの出会い

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連載【90年代の伊藤銀次】vol.2

ひたすらシンガーソングライターに徹した伊藤銀次史上初で唯一のアルバム


1993年7月にキューンソニーからリリースされた、銀次の13枚目のソロアルバムとなる『LOVE PARADE』は、その前にミディ・レコードにいてナイアガラやティンパン、YMOの流れをよく理解してくれていた、ディレクター楚良(そら)隆司君のアドバイスを得て、他のアーティストにアレンジを依頼。銀次はひたすらシンガーソングライターに徹するという、銀次史上初で唯一のアルバムとなった。

サウンド・プロデューサーを誰にするか? こればっかりは自分でもアレンジする僕としては誰でもいいというわけにはいかなかった。楚良君といろいろ話し合った結果、僕が選んだのは、大村憲司さん、ダニー・ショガー、CHOKKAKU、そしてなんと佐野元春という、とても広がりのある、僕のファンにとっても想像外のメンツになった。

CHOKKAKUは、楚良君の強いレコメンドで起用することに。彼は当時SMAPなどのアレンジで売り出し中の新進気鋭のアレンジャー。1990年にFLEXというバンドのメンバーでデビューしたことがあり、楚良君がそのディレクターだったらしい。

アレンジャーCHOKKAKUの完成形を聞いた時の衝撃


う~ん、アイドルのアレンジやってる人に僕の音楽をまかせても大丈夫かなあ? と一抹の不安もあったけれど、今回は自分で覚悟のまな板の上の鯉、ここは楚良君を信じてデモテープを渡すことにした。

彼に依頼した3曲のうち、最初にできあがってきたのが、結果的にアルバムの2曲目に収録されている「Dream Time」。CHOKKAKUは、作業のほとんどを自宅のコンピュータで作り上げるという、当時としてはまだ新しかったタイプのアレンジャーだったので、彼の自宅の仕事部屋にうかがってその完成形を聴かせてもらうことに。そしてその時の衝撃というのはいまだに忘れられないものだったよ。

そこに展開していたサウンドは、ビートルズから始まって、80年代のトレヴァー・ホーンに受け継がれてきたブリティッシュポップの系譜にあるサウンド。僕が創りたかったけれど実現できてなかった夢のようなサウンド世界だった。

ヒッピー的で自由で開放的な詩の世界のラブソングをめざしていた僕の思惑にまさにぴったり、どころかもっとファンタジーな空間を付与してくれた。特にうれしかったのは、まるでビートルズの「涙の乗車券」(Ticket To Ride)が90年代に甦ってきたかのようなイントロのギターアルペジオだったね。

今回はここをこうしてとか、あそこはこんな感じとか、いっさいCHOKKAKUには説明とかしてなかったのに、僕のデモテープを聴いただけで、僕の潜在意識にあるポップ感を感じとってくれたのはさすがだった。くやしいけれど当時の僕には創り出せなかったサウンド。初っ端から、他のアレンジャーにまかせる試みが思っていた以上に順調にすべりだしたうれしい瞬間だった。



ノリノリで歌ってくれ杉真理と松尾清憲


そしてこのサウンドをさらにポップに、ビートルズのようなビートポップの香りを付加してくれたのが杉真理君と松尾清憲君。いまでも不定期で活動している、BOXというビートルズ愛に満ち満ちた彼らのバンドが大好きで、この「Dream Time」にバッキングボーカルを入れようとなったとき、この2人以外は頭に浮かぶことはなかった。

コーラスのレコーディング当日、ほとんど完成に近くなっていたこの「Dream Time」を2人に聴かせたら、なんか響くところがあったようで、ノリノリで歌ってくれたのはうれしかったね。

特に1番と2番の間奏みたいなところに入ってくる「♪ Dream, dream, dream time …」というくだりはもう発明にも近い、魅力的なフレーズ。この曲のフラワーポップ度をさらに何倍にもアップしてくれた。これも僕からの指定でなく、サウンドを聴いた彼らから自然に出てきたもの。言わずもがなで響き合う、僕はなんてすばらしいミュージシャンたちといっしょに音楽空間を共にしているんだろうと、音楽の神にしばし感謝を捧げた日だった。



21世紀に向かってまた歩いていくことができたのだという確信


CHOKKAKUとの出会いはそこからの僕の音楽作りを大きく変化させてくれた。それまでは、Macでパフォーマーという音楽ソフトを使って作業はしていたものの、サウンドの完成形はスタジオでの生のミュージシャンとのセッションで作り上げ、あくまでコンピューターでの作業はデモテープどまりだったのが、彼の作り出すパーフェクトに近いサウンド世界に感銘を受けて僕も本気でDTMの勉強を始めようという気になったのだ。

なにがどこでどんなふうに自分に影響をあたえるのかはほんとにやってみるまでわからない。楚良君の進言を受けてとった新たなアティチュードのおかげで、僕はつづく21世紀に向かってまた歩いていくことができたのだと、今思い返して確信を深めているところだ。

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2024.03.26
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カタリベ
1950年生まれ
伊藤銀次
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