連載【90年代の伊藤銀次】vol.1
青春の響きに満ちている音楽を40歳過ぎてもやっていけるのだろうか?
忙しく華々しく活動してきた1980年代も終わりを告げ、その勢いのまま1990年代に入り、『イカ天』の審査員出演などで盛り上がっていたはずが、なんと突然、僕の所属事務所だったアニマルハウスが倒産してしまった。僕にとってはまさに青天の霹靂。これにはいろんな原因があったのだが一番は、僕に続くアーティストを育てることができなかったこと。そしてあげくに社長が株に手を出してしまい、バブル崩壊と共に、アニマルハウスもあっけなく崩壊してしまったのだった。
このショックな出来事にはじめはただただうろたえるばかりだったけれど、こころ落ち着かせて考えてみると、年齢的にも40歳になろうとしていた僕には、これは何かの転機の兆しではないかとふと思うことができた。僕の音楽はポップロック。どちらかといえば青春の響きに満ちているもの。そんな音楽を40歳過ぎてもやっていけるのだろうか? 僕の前にそういうアーティストは見たことがない。そんなとまどいがその2年くらい前から心にちらついていた。
事務所の倒産は確かにショックな出来事ではあったけれど、80年代、アーティストとサウンドプロデューサーの二足の草鞋を履いて活動してきた僕にとって、これからの90年代は、ひとつアーティストとしての活動に踏ん切りをつけ、これまでの経験を活かしたプロデューサーとしての活動に専念すべきじゃないかという啓示のように思えてきて、そう思うとその思いがますます頭をもたげてきて日に日に強くなってくるのだった。そんな折、僕のもとにうれしい知らせがきた。
アーティスト活動として最後のアルバム「LOVE PARADE」
なんと当時のソニーミュージックの会長だった丸山茂雄さんから、今度新しい音楽出版社を創るから、そこにプロデューサーとしてきてくれないかという打診だった。その出版社は、これまで日本にはなかった新しいタイプの欧米型のアクティブなものだという。まさに渡りに船。二つ返事でぜひ参加させてくださいとお返事したのだった。
うれしいことはそれだけではなかった。なんと、プロデューサーに専念する前に、アーティスト活動としての最後のアルバムを1枚作ったらという、まったく予期してなかったまるでごほうび。そんな丸山さんからのいきな計らいで生まれたのが、1993年7月にキューンソニーからリリースされた、銀次の13枚目のソロアルバムとなる『LOVE PARADE』だったのだ。
ナイアガラのシンガーソングライターとしての銀次の原点
1992年に設立されたキューンソニーは、ソニーミュージックの中では、当時のインディーズブームをもっとも反映していたレーベルで、アーティストもスタッフも比較的若く、そんな中に、いきなり僕のようなベテランアーティストが入っていってやってけるんだろうかと少し心配があったのだが、ありがたいことに、このレーベルに来る前に、ミディというレコード会社にいて、坂本龍一君や大貫妙子さんたちと仕事をしていたという経験を持つ貴重な存在の楚良(そら)隆司君が僕のディレクターを務めてくれることになった。
楚良君はこれまでいっしょに仕事をしてきた他の人たちとは違った、いい意味での “きびしさ” を持つディレクターで、僕とのレコーディングに臨む前に、しっかりとプランを立ててきてくれ、彼が思う銀次像を、忌憚なく話してくれたのがよかった。彼の描いたこのアルバムでの銀次像は、サウンドプロデューサーとしての側面ではなく、大瀧詠一さんにつながるナイアガラのシンガーソングライターとしての銀次の原点に帰ること。
アルバムのための曲作りに専念
楚良君から「作詞・作曲、そして歌唱に専念して、サウンドのアレンジのほうは他のプロデューサーにまかせるというのはどうでしょうか?」という、これまで誰も僕に言ったことのない、大胆な提案だった。この提案はまったく1ミリも予期してなかったね。なにせ、 “ごまのはえ” から “ナイアガラ・トライアングル” そしてすべてのソロアルバムは自分でアレンジ&プロデュースしてきた僕だったから。
まったくの未体験ゾーンの入口で少しとまどったけれど、考えてみれば、これがアーティストとして最後のアルバムになるのだったら、シンガーソングライター1本の直球でいって見るべきかもしれないなとなぜかすなおに思えた。今回は銀次史上はじめてまな板の上の鯉になってみようかなと。
そして、僕はアルバムのための曲作りに専念し、楚良君と相談しながら選んだサウンドプロデューサーたちが、佐野元春、大村憲司、CHOKKAKU、ダニー・ショガーという、ある意味意表をついた陣容。ここから展開されたレコーディングについては次回に詳しく話すのでどうかお楽しみに!!
次回【90年代の伊藤銀次】vol.2 につづく(3月掲載予定)
▶ 伊藤銀次のコラム一覧はこちら!
2024.02.28