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スージー鈴木の極私的大村雅朗ヒストリー(その2)
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photo:SonyMusic  

『大村雅朗・第2期』という区切りがあるとすれば、それは1980年からになると思います。もう少し具体的に言えば、1980年7月1日―― 松田聖子「青い珊瑚礁」の発売日。

前回書いた、ニューミュージックと歌謡曲の融合=「ザ・79年サウンド」から、キラキラした80年代ポップへのステップアップ。その契機となった曲が「青い珊瑚礁」で、特にあのネガティブさのかけらすらない、前へ前へ(夏へ夏へ)とずんずん進んでいくようなイントロは、80年代の『大村雅朗黄金時代』への号砲と言えるでしょう。

ちなみに、デビュー曲の「裸足の季節」と、「青い珊瑚礁」の次の「風は秋色」(イントロが「青い珊瑚礁」そっくり…)の編曲家は信田かずおという人。そして、「風は秋色」の次からのシングル3枚が、さしずめ『大村雅朗(と財津和夫)による松田聖子初期三部作』とでも言うべき3曲となっています。ちなみに、大村雅朗、財津和夫、松田聖子は、全員福岡県出身。


※「曲名」作詞 / 作曲 / 編曲

「チェリーブラッサム」
 三浦徳子 / 財津和夫 / 大村雅朗

「夏の扉」
 三浦徳子 / 財津和夫 / 大村雅朗

「白いパラソル」
 松本隆 / 財津和夫 /大村雅朗


この3曲のアレンジ、とりわけ「チェリーブラッサム」と「夏の扉」は、歌謡曲サウンドに新しいパラダイムを持ち込んだと言えるでしょう。『TOTO featuring 松田聖子』とでも言うべき、ディストーションギターやシンセサイザーを前面に出した新世代サウンド。

加えて、この頃の松田聖子は、過去記事『初期・松田聖子は爆発的声量で叫び、吠えた』にも書いたように、言わば「パワーボーカリスト」としてのピークを迎えていました。だから伴奏にまったく負けていない。マイクが震えているんじゃないかと思わせるような声量は、今剛や鈴木茂などの腕ききによる達者な演奏と、互角で張り合っている。

その後大村雅朗は、松田聖子シングルから、一旦席を外します。次の「風立ちぬ」の編曲は多羅尾伴内(大瀧詠一)で、その次の「赤いスイートピー」「渚のバルコニー」「小麦色のマーメイド」は呉田軽穂の作曲(松任谷由実)なので、編曲は(ほぼ)自動的に松任谷正隆となったため。

その次の「野ばらのエチュード」(松本隆/ 財津和夫 / 大村雅朗)という地味な曲で、一瞬復活するも、続く「秘密の花園」は松任谷正隆、次の「天国のキッス」は作・編曲が細野晴臣。

そしてついに、『大村雅朗・第2期』の総括となるシングルが発売されます――「ガラスの林檎」「SWEET MEMORIES」の両A面シングル。「ガラスの林檎」は細野晴臣との共同編曲ですが(過去記事『80年代の松田聖子でいちばん売れたシングル ー「ガラスの林檎」の変態性』もご覧ください)、カップリングにして、初期・松田聖子を代表する、あの「SWEET MEMORIES」は作・編曲ともに、大村雅朗の手によるものとなります。

「チェリーブラッサム」と「夏の扉」が、歌謡曲サウンドに新しいパラダイムを持ち込んだとすれば、「ガラスの林檎」と「SWEET MEMORIES」は、その新しいパラダイムを歌謡曲界に完全に定着させたとでもいうべき編曲になっています。

「変態性」溢れた「ガラスの林檎」と、そしてデジタルでキラキラしたサウンドなのに、異常にセンチメンタルな「SWEET MEMORIES」。歌謡曲というカテゴリーが受け持つ「音の守備範囲」が、この2曲を機に、一気に広がった感があります。その広い守備範囲たるや、カープの菊池涼介の如し(「ガラスの林檎」の変態サウンドなんかは、ライト線のファールラインぎりぎりでしょう)。

ここまでが、松田聖子✕大村雅朗の代表的なコラボレーションだったという気がします。

この後、「時間の国のアリス」(呉田軽穂作曲作品だけれど編曲は大村雅朗)、「ハートのイアリング」「天使のウインク」「ボーイの季節」など、松田聖子のシングルの編曲を、いくつか担当しますが、「パラダイム・チェンジ」というほどの意味性・時代性は持ち得なかったと考えます。むしろ、大村の本領は、次回取り上げる、大沢誉志幸「そして僕は途方に暮れる」など、別のシンガーの作品に移っていくのです。

そんな、松田聖子✕大村雅朗のコラボレーションについて、シングルに限らずアルバムも含めて1曲選ぶとすれば、個人的にはアルバム「ユートピア」(83年)のラストを飾る「メディテーション」だと思っています。特にイントロからAメロに至る、極めて実験的な編曲は、大村雅朗がいい意味で「攻めて」います。

大村雅朗という人を私は、本質的に「やんちゃ」な人だと思っていて、「メディテーション」は、そんな「やんちゃ」さが、いかんなく発揮された名編曲だと思うのですが、いかがでしょう。

最後に、梶田昌史・田渕浩久『作編曲家 大村雅朗の軌跡1951-1997』(DU BOOKS)にある、松田聖子本人による同郷の先輩へのコメントを――

「大村さんが生きていらっしゃったら、音楽の世界で誰もが尊敬する偉大な音楽家になっていたと思います。たくさんの素晴らしい曲をお作りになり、大村さんの素晴らしいサウンドが世界中にあふれていたと思います」

2018.07.28
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