3月1日

時を超えて美しい、安部恭弘が奏でる都会のダンディズム溢れる音

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安部恭弘のファーストアルバム「Hold Me Tight」がリリースされた日
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photo:UNIVERSAL MUSIC  

王子様は突然あらわれた。

1983年、神戸の高校からの帰り道。乗換駅近くのレンタルレコード屋で見つけた LP『ASPEC SPECIAL』は、ヨコハマタイヤのコマーシャルソングを集めたオムニバスアルバムで、井上鑑や稲垣潤一の作品が収録されていたので手に取った。

帰宅してレコードプレーヤーに針を落とす。
A面4曲目、フルコーラス3分15秒。
全体に流れる疾走感が余計に短く感じさせる。
はじめて聴く人だけど、気に入った。
その曲こそ安部恭弘のデビュー曲「We Got It!」だった。
彼の作る音楽と恋に落ちた、その瞬間だった。

緊張感やざわめきを感じさせるテンションコードを多用したメロディ、重厚的かつスピード感溢れる洗練されたサウンド、シャイで甘いヴォーカルをスリリングに追いかけるコーラスワークで構成された楽曲は、デイヴィッド・フォスターが関わった AORサウンドが大好きな17歳の女子高生の耳を思いっきりひっつかんだ。

松本隆が描く言葉の世界は、当時26歳の安部恭弘よりも少し歳上の男の世界。「軽井沢のコテージで、徹夜して上がって来た歌詞は当時の僕の年齢からすると大人びた感じだったけど、美しくて感動した」と安部恭弘は語る(25周年アニバーサリー BOX のライナーノーツより)。

また、1980年にリリースされたエアプレイのアルバム『ロマンティック(原題:Airplay)』のライナーで、小倉エージ氏が「なによりもエアプレイは、かっこいい」と記していたが、これと同じニュアンスが「We Got It!」にはあるとわたしは長年思っていた。

これを立証するかのように、2004年にリマスターで発売された『Hold Me Tight』のライナーにおける片寄明人氏と安部恭弘の対談で、「We Got It!」は「もともとはビートルズ的なテイストに、アレンジャーの清水信之氏がエアプレイ的な要素を加えて完成した」と記載がある。この曲からエアプレイ的なかっこよさが見えたのは至極当然だったのだ。

ところで、1983年3月1日リリースされたファーストアルバム『Hold Me Tight』は、実はジャケ買いだった。「We Got It!」で見せた疾走感や激しさよりは穏やかで映像感のある美しい作品が多く、どれもコーラスアレンジが凝っている。無国籍で湿度の低い10曲は、作詞:松本隆、作曲:安部恭弘、編曲:清水信之、コーラスアレンジ:安部恭弘という都会育ちのミュージシャンによってつくられた、日本版 AOR と言ってもいいかもしれない。

ダビングするカセットテープは、ノーマルの一番上等なものを使った。ストリングスアレンジが印象的だったからで、こんど、彼のクルマでかけさせてもらおう、そんなことを考えていた。

17歳のわたしが恋に落ちたもうひとつは、発売時の宣伝用リーフで使われた窓辺に白いスーツでもたれる彼の姿。これまた情けない系のいい男で、ボズ・スキャッグスの『シルク・ディグリーズ』にも通じる色気に溢れていたからだ。

ちなみに、この宣伝用リーフのショットは2005年に発売された『ゴールデンベスト』のジャケットに採用され、一部の女子の間で局地的な喜びの声が上がった。

当時のシティポップス系歌手はアイドル的な側面も持ち、何かの機会に恋に落ちた綺麗なアラフィフお姉様達が現在でも花束やプレゼントを持ってライブで列を作る。そういえば、そんな彼女たちを “花束ギャル” と命名したのは村田和人だったか?

その後彼は1988年までは東芝EMI、その後いくつかレーベルを移籍して新作を発表し続ける。また、職業作家として鈴木雅之等に楽曲提供も行う。

東芝EMI でのラストイヤー1年前の1987年、一部ファンの同人誌で「安部さんの10年後、30年後、50年後は?」という企画があり、わたしは当時「ペリー・コモ、シナトラみたいなステキなじじい、いや、おじいさんになってスタンダード・ナンバーを歌っている」と書いた。当時は60代の歌手というと、スタンダードを歌うおじさまが普通で、まさか30年後も歌い続けているとは当時のわたしには想像できなかった。

たとえば、2018年、NHKの番組で桑田佳祐が「ポップミュージックは新曲を発表し続けることに意味がある」と語っていたが、桑田佳祐と同年代の安部恭弘はそれを体現しているひとりなのだ。

また、2019年1月、62歳最後の日に渋谷でのライブで、彼はバラエティに富んだ9曲入りのニューアルバム『Through the Past』を発表した。安部恭弘はライブの MC で「いままで聴いてきたものを取り入れつつ、今っぽくどうするかがテーマ」そう語った。

そうだったのか。CD の1曲目が流れたときのゾクゾクッとした背伸びした高揚感、1983年にデビュー曲に針を落としたあの時と似た思いがしたのは。あ、この雰囲気、いいな… って。

彼の作品のベースはアンディ・ウィリアムスと鈴木康博のラジオで語っていた。そのうえで常に Something New を追いかけているアーティストだからこそ、わたしは彼の音楽をいまでも好きで、見守っていられる。これからも新作をひっさげた渋谷でのライブで、新曲を生で聴くのが楽しみだ。

2019.06.11
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  Apple Music
 

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カタリベ
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