1991年9月、当時の人気雑誌、『ロッキング・オン』の表紙に絶対的な自信を持って書き込まれていたタイトル。
“モリッシーが来る”
当時の僕は「スミス・ロス」から立ち直ることが出来ずにこう思っていた―― 元ザ・スミスのモリッシー。何故、ザ・スミスで来日しなかった?
その一点にのみ僕の気持ちは凝り固まり、“今更来てもおせーよ、ジョニー・マーのギター無しに何が出来ると言うのか?” という一念に取り憑かれていた。この時、僕は重大なミスを犯す。痛恨の失態と言っても良い馬鹿な選択をしてしまった。あろうことか、モリッシーの初来日をスルーしてしまったのだ。
91年3月に発売された『キル・アンクル』という作品はモリッシーのソロ3作目で、僕には響くものがあった。モリッシーの声がジョニー・マーのギターから解放されているのだ。全編を通して暗いと言われている作品だが「シング・ユア・ライフ」などは春の訪れを感じさせスキップしたくなるような曲調を保っていた。
音楽とは別に91年のモリッシーのルックスやスタイルだが、ザ・スミス時代の川久保玲によるギャルソンスタイルから現在のアレッサンドロ・ミケーレによるグッチスタイルまで通算して、最も格好良かったと “筋金入りのモリッシーファン” も認める所となっている。
BIG SMITH 製だろうと思われるジージャンを軽々と着こなし、今では禁断の着こなしと言われている同じテイストのジーンズを合わせてデニムのセットアップを究極的なレベルで完成させている。ベルトはスイスのロッカーズが好んで着用する様な大き目のバックル。髪型はデビュー当時から変わらないリーゼント。
さらに、この頃のバックバンドにはネオロカバンドのメンバー達が結構加入していて、ポール・キャッツの ボズ・ブーラー、そして何と言ってもベースにザ・ニトロスのゲイリー・デイ、超絶Cool Guy!
アルバム『キル・アンクル』には、フェアーグラウンド・アトラクションのマーク・E・ネヴィンがギターで加入、ソングライターとしても名を連ねる。実に素晴らしい人選。それなのに何故、来日公演を観に行かなかったんだろう。悔やみきれない。
「何故、君はキル・アンクルに固執するのか?」と訊かれた事があるが、それは『キル・アンクル』という作品の素晴らしさに直感的に気付いていたのに行動に移せなかったからだ。この時、観に行かなかった事の悔恨と共に『キル・アンクル』は僕の中で特別な一枚となった。
2018.04.09
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