2月19日

R.E.M.「ルージング・マイ・レリジョン」の神話学

19
2
 
 この日何の日? 
R.E.M.のシングル「ルージング・マイ・レリジョン」がリリースされた日
この時あなたは
0歳
無料登録/ログインすると、この時あなたが何歳だったかを表示させる機能がお使いいただけます
▶ アーティスト一覧

 
 1991年のコラム 
【佐橋佳幸の40曲】小田和正「ラブ・ストーリーは突然に」あの超有名イントロ誕生の秘密!

ZARDのグッとくる歌詞ランキング、いま改めて聴いて欲しい “平成歌謡”

新しい10年の始まり、ZARDは90年代に一番売上をあげた女性アーティスト

漂う閉塞感に共鳴したダイナソーJr. 1991年のオルタナティブロック革命

解放されたモリッシー、僕の中での特別なアルバム「キル・アンクル」

ASKA「はじまりはいつも雨」優しさと愛の詰まった珠玉の雨ソング

もっとみる≫



photo:Discogs  

「ルージング・マイ・レリジョン」というのは米南部の口語表現で「自制心を失う」といった意味らしい。だからこの曲はプライヴェートな自分「隅っこにいるのは僕だ」とパブリックな自分「スポットライトの中にいるのは僕だ」というマイケル・スタイプの自己分裂の苦しみを歌ったものだと解釈されるのが一般的だが、それではスターのありふれた悩みという感じで、個人的には少々艶消しだ。

だから「ルージング・マイ・レリジョン」を、「ぼくは宗教を失いつつある」と字義通り解釈してみせたこの曲のMVを敢えて今回は取り上げたい。

タイトルにある「~つつある」という現在進行形が、取り戻すのか / 失ってしまうのかという天秤で揺れる人間心理を物語る。良いか悪いかの価値判断は別として、こうした強い葛藤を産み出すことこそが、キリスト教という抑圧的な一神教の特性なのかもしれない。

宗教的・文学的な暗喩や寓話がほぼ隙間なく散りばめられた難解極まるMVだが、1991年のMTVビデオ・ミュージック・アワードでは9部門にノミネートされ、うち6部門を受賞。あのニルヴァーナ「スメルズ・ライク・ティーン・スピリット」のMVを押さえて「ビデオ・オブ・ザ・イヤー」も受賞したから、もはや歴史的傑作と言ってよいだろう。

監督はターセム・シンというインド出身の映像作家。今回はこの難解極まりないMVを、彼がのちに撮ることになる映画群や、彼が参照したという作品群をヒントに謎解きしてみよう。

このヴィデオでは、「スローモーション」でメンバーが斜め上方を見上げながら暗い部屋を横切っていく「無声」映画風の映像が最初に映される。それに続けて窓際に置いてある白い液体の入ったグラスが「落下」し、粉々に砕け散るのに合わせて楽曲もスタートという謎めいた導入がある。

ここでわざわざ「スローモーション」、「無声」そして「落下」を鉤括弧で強調してみせたのは、この方法と主題が彼の映画『落下の王国(The Fall)』(2006年)で反復されているからだ。

『落下の王国』のオープニング・クレジットのシークエンスで、スタントマンのロイは陸橋から馬に飛び降りるシーンを撮影中に事故を起こして半身不随になるが、その顛末がモノクロのスローモーション映像+無声で綴られていく。

つまりここでの方法も「スローモーション」と「無声」であり、主題もまた「落下」である。また「フォール」とは物理的な落下と同時に「神の恩寵を失う」ことも意味する単語だから、翻って「ルージング~」のMVの無声とスローモーションは「宗教を失いつつある」ということの重大さを強調しているのだろう。
 
またターセムはラテンアメリカ文学の作家、ガルシア=マルケスの短編『大きな翼のある、ひどく年取った男』にインスパイアされたことを公言していて、ビデオの中にも翼の生えた老人(実は天使)が登場する。

天使とは「飛翔」する存在だが、翼の朽ち果てた老人は「落下」することで人々に見つかり、見世物にされてしまう。落下し、神から見放された天使。

これはマイケル・スタイプ本人の背中に翼が生えているショットが映されることで、両者を重ね合わせていることが分かる。姦淫(Adultery)の罪に問われそのイニシャル「A」の烙印を押された『緋文字』のへスター・ブリン同様に、宗教的な規律から逸脱したものは見世物とされ、嗤われる運命にある。メンバーたちが導入部分で見上げていた存在とは、この落下する天使だったのかもしれない。

そもそもこのゴシック感覚の狭い室内は何なのだろう? そこに刳り貫かれた窓は開いているが、外は雨が降っている。この光景は『ザ・セル』(2000年)という彼が後に撮ることになる映画のなかに実はそのまま引用されている。

ジェニファー・ロペス演じる「ダイバー」がシリアル・キラーの精神世界にダイブし、未発見の被害者の行方を探り出すという脳科学+猟奇殺人もの。変態殺人鬼の精神世界に入ったロペスがその男に襲撃され、マウントをとられた状態で首輪をはめられるシーンがあって、それが繰り広げられるのが「ルージング・マイ・レリジョン」のあの部屋と一緒なのだ(画像参照)。

となると、この部屋(=ザ・セル)は「宗教を失いつつある」人間の精神世界そのものではないだろうか。キリスト教という抑圧機関があの狭い室内で表現され、「窓」は宗教の桎梏から解き放たれた「外」の世界を暗示する。とはいえそこから鳥のように飛び出すにも、天使の翼は朽ち果てている…… その絶望感があの部屋を黒く染め上げている。 

という感じで一つの解釈を提示してみたが、如何だろうか。カラヴァッジオやフェルメールの絵画、タルコフスキーの『サクリファイス』、ピエール・エ・ジルからの影響を監督自ら公言していたりするので、実はまだまだ指摘し足りないところはあるけれど、今回はこれまで(文字数超過!)。

2017.10.12
19
  YouTube / remhq


  YouTube / cinemalovecinema
 

Information
あなた
Re:mindボタンをクリックするとあなたのボイス(コメント)がサイト内でシェアされマイ年表に保存されます。
カタリベ
1988年生まれ
後藤護
コラムリスト≫
19
1
9
8
8
神秘の氷島アイスランドから世界へ、若き日のキュートなビョークの魅力
カタリベ / Maria
102
1
9
9
4
2024年を感じながら聴く【90年代ロック名盤ベスト10】懐かしむより、超えていけ!
カタリベ / ソウマ マナブ
22
1
9
8
3
ポリス有終の美「シンクロニシティー」と3本の名作ビデオ ー 後篇
カタリベ / DR.ENO
16
1
9
8
6
甦るトランスの音、80年代インディーズは東京という地方のあだ花?
カタリベ / ジャン・タリメー
24
1
9
8
4
ホラーやスリラーなんて怖くない! マイケルが敢行した “笑い” の啓蒙
カタリベ / ソウマ マナブ
17
2
0
0
3
リンキン・パークとデペッシュ・モード、ミクスチャーに受け継がれるニューウェーヴ
カタリベ / moe the anvil