英インディーズシーンの永遠のカリスマ、ザ・スミスを結成する以前のモリッシーの若き日を題材にした、公開中の『イングランド・イズ・マイン モリッシー, はじまりの物語』は、リアルな青春映画である。やりたいこと、好きなことがあるのに、内にこもってウジウジしてしまう、そんな主人公に、思春期の頃の自分が重なる。そしてもうひとつ、懐かしく思い出したのが、主人公が向かうタイプライターだ。
高校2年の冬のこと。“これ、使うか?” と、父親が持ち帰ってきた古い英文タイプライター。なんでも、会社の倉庫の隅に放置されていたものらしい。使い方はよくわからなかったが、エイリアンの胴体のような内部のデザインに心を動かされたこともあり、“使う!” と即答。
とりあえず、用紙を挟み込んで打ってみる。今のキーボードと違って、多少力が要るが、バチバチというキーを打つ音も、改行時のちーん! という音も、なんとなく気持ちよい。これは面白いものを手に入れた。
一本指の打ち込みを卒業し、指の位置をなんとなく覚え、慣れてきたころのこと。英語で作文できるほどアタマもよくなかったので、『イングランド~』の主人公のように自作の文章を打つことはなかったが、代わりにしてみたのが、ザ・スミスのファースト・アルバム『ザ・スミス』の歌詞をすべて打ってみるということ。来年は受験だというのに、2日がかりで全10曲をルーズリーフにタイプした。
「ディス・チャーミング・マン」をラジオで耳にして以来、ザ・スミスには深く入れ込んでいた自分にとって、このアルバムの国内盤が1984年2月にリリースされたことは、輸入盤を気軽に買える環境になかったことから、とても有難かった。さらに有難いことに、発売元の徳間ジャパンはこの年、次々とザ・スミスのレコードをリリースする。
6月に「ディス・チャーミング・マン」と「ホワット・ディファレンス・ダズ・イット・メイク?」、7月に60年代の歌姫サンディ・ショウをボーカルに迎えた「ハンド・イン・グローヴ」、8月に「ヘヴン・ノウズ」と12インチ・シングルを相次いでリリース。
その度に買っては歌詞カードをバチバチちーん!と “写経” した。12インチ・シングルにはカップリング曲の詞が乗っておらず、歯がゆい思いもしたが、12月にはそれらを収めたコンピレーション・アルバム『ハットフル・オブ・ホロウ』が出たことで、解決。とにかく徳間ジャパンさまさまであった。
他にも好きなアーティストはたくさんいたが、どうしてここまでザ・スミスの詞にのめりこんだのかというと、独得であったから、に尽きる。その世界はアヤしくて、怖くて、エロかった。
「ディス・チャーミング・マン」をはじめとする多くの曲から漂う同性愛の匂いは田舎の高校生には刺激が強かったし、“血のりのついた肉切り包丁” というフレーズを持つ 「ザ・ハンド・ザット・ロックス・ザ・クレイドル」や、子どもの連続殺人事件の実話を題材にした「サファー・リトル・チルドレン」はホラーのようでもあった。そして“君の下着を見たい”や”情欲に身を任せて”などのフレーズは否応なしに十代の妄想をかき立てる。
何より、その根底に孤独や疎外感、絶望が潜んでいるとわかってくると、歌詞も身近なもののように思えてくる。モリッシーのつくる詞は、部屋にこもってバチバチちーん! とやっている子どものメンタリティにグイグイ押し入ってきて、刺さった。
そんなことばかりしていたから大学受験に失敗するのは当然で、余計に孤独をこじらせることになったが、ザ・スミスがいたから生き延びられたのは間違いない。何よりタイプライターで学んだキーのポジションは現在の仕事にも活かされているので、とりあえず無駄ではなかった… ということにしておこう。
2019.06.02
YouTube / The Smiths
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