80年代のヒット曲の中でも、「アメリカン・ストーム」は、僕にとって特別な歌のひとつだ。この曲がラジオから流れてきたときの衝撃は、30年以上がたった今も忘れることができない。
微塵の迷いもなく、一切の言い訳を挟む余地のないサウンドは、とてつもなく大きくて、火の玉のように熱かった。
歌っていたの男の名前は、ボブ・シーガー。髭をたっぷりたくわえた熊のような風貌で、「デトロイトの巨人」と呼ばれていた。この人はとにかく歌が上手い。アメリカンロックの長い歴史でも最高峰のひとりだろう。咆哮のような叫び声は、まるで大地のように揺らぎない。そして、普段は無口な男が語りかけるようにして歌う様は、どこまでも深遠だ。
「アメリカン・ストーム」を初めて聴いたとき、僕は山が動いたかのような錯覚に襲われた。ザ・シルバー・ブレット・バンドによる演奏は力強く、命の輝きに溢れていた。最初のパワーコード、勢い良く突っ込んでくるリズムセクション、煌めく車輪のように転がるピアノ。そして、ボブ・シーガーのざらついた歌声の迫力には、ただ言葉を失うばかりだった。
この曲が、アメリカに蔓延するコカイン乱用についての歌だと知ったのは、それから随分たってからだった。この歌にはボブ・シーガーの憂いと、強い願いが込められている。
それは最大風速の風
アメリカの嵐
お前は冷たい山の遥か下に埋められ
けっして暖まることはない
まるで鏡の壁に閉じ込められたみたいだ
フルスピードで摂取し
ガラスが粉々に砕ける音を
聞いていながら
そのことを隠そうとする
でも、お前が血を流すことなどない
お前はそれを必要だと
感じたりはしないよ
つまり、「アメリカン・ストーム」とはコカイン中毒のことであり、その罠に落ちると抜け出すことは容易ではない。いつも凍えるような思いをし、真実を覆い隠しながら生きることになる。しかし、悲劇のイメージが語られた後、最後の2行で希望が待っている。ガラスが粉々に砕けたとき、お前はそこにはいないはずだ。お前がコカインを必要とすることなどないはずだと。
ボブ・シーガーが、この曲をここまで確信的なサウンドに仕上げたのは、このメッセージを伝えたかったからなのだと思う。迷いや言い訳が入り込む隙き間を見せるわけには、きっといかなかったのだ。
それにしても、なんという歌の力だろうか。大きな人間力に溢れ、後半に近づくほど説得力が増していく。厳しい現実を前にしてもビクともしない。この曲を聴くたびに、初めてラジオの前で聴いたときの、全身が震えるような感動が蘇ってくる。
振り返ってみると、80年代はタフであることが尊ばれた時代でもあった。多くの人が強さに憧れ、いつか自分もそうなれると信じ、勇気と安心を得ていたように思う。この歌には、そんな時代の空気も封じ込められている。
2019.05.06
YouTube / Terry McGregor
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