プリンス、それは80年代を代表するアーティスト
もし80年代を代表するアーティストは誰かと問われたら、僕はプリンスと答えるだろう。残した仕事の巨大さを思えば、それ以外の答えなどあり得ないからだ。
80年代がまるまる10代だった自分にとって、あの時代のプリンスをリアルタイムで聴けたことは、これまでの音楽経験の中でも、最も幸福な出来事のひとつだったと思っている。
10年間にリリースしたオリジナルアルバムは9作品(そのうちふたつが2枚組)。すべてゴールドかプラチナディスクを獲得している。シングルは全米トップテンに16曲がランクインし、4曲がナンバーワンになった。
ピークは「パレード ~ サイン・オブ・ザ・タイムス ~ ラブセクシー」
80年代のプリンスは、大衆的にも高い人気を保ちながら、真に革新的な音楽を生みつづけた稀有なアーティストだった。セールス面でのピークが『パープル・レイン』であるならば、ミュージックイノヴェーターとしてのピークはそこから数年後の『パレード』『サイン・オブ・ザ・タイムス』『ラブセクシー』あたりだろうか。
常人には想像もつかないスピードとパワーで音楽の可能性を押し広げていった80年代のプリンスだが、その中でもこの3作品は特に神がかっていた。同時期にレコーディングされながら長いこと未発表だった『ブラック・アルバム』や『クリスタル・ボール』の中の曲を聴くにつけ、余計にその想いを強くする(注:どちらも後年リリースされている)。
衝撃を受けた真の革新的アルバム「パレード」
とりわけ僕は『パレード』に衝撃を受けた。
オープニングナンバー「クリストファー・トレイシーのパレード(Christopher Tracy's Parade)」における冒頭のドラム音は、まさしく新しい時代の幕開けを告げていた。スピーカーから音が鳴った瞬間、まるで時空が歪んだかのように空気がビリビリと震えるのがはっきりとわかった。
「ニュー・ポジション」、「ガールズ&ボーイズ」、「ライフ・キャン・ビー・ソー・ナイス」、「KISS」、「マウンテンズ」。収録されている曲すべてが素晴らしかった。音楽がこれまでに経験したことのない巨大なエネルギーによって鳴らされていた。そして、このスピードについていけないものはすべて淘汰されるのだと思った。
無駄がなく、強靭なバネをもっていて、恐れを知らず、孤独…
『パレード』の曲はどれも無駄がなく、強靭なバネをもっていて、恐れを知らず、孤独だった。意志の力では制御できない何かに突き動かされているようにも思えた。それだけにラストナンバー「スノウズ・イン・エイプリル(Sometimes It Snows in April)」の情感には、いつになく真実味があった。プリンスの魂が、おびえながらすべてを受け入れているように思えた。
アルバムを聴き終わった後、目に映る景色がクリアになり、大切なものとそうでないものの違いがわかったような気がした。あのとき、僕はプリンスの音楽に導かれ、時代のボーダーラインをまたいだのだと思う。
今聴いても『パレード』はどこか新しい。そう感じるのは、10代のこうした想い出があるからだろうか? わからない。でも、新しい時代に足を踏み入れることが、わくわくするだけでなく、心細くもあるのだということくらいは知っている。
※2017年8月16日に掲載された記事をアップデート
2020.03.31