内田裕也が大晦日に開催するオールナイトのロックフェスティバル
自分によく似た人がこの世には3人いると言われている。
“他人の空似” と言うやつだが、私はよく「知り合いの○○ちゃんにそっくり」とか、「熊本PARCOの○○店長ですよね」とか声をかけられやすい。どこにでもいるような容姿なのだろうが、忘れ難い他人の空似は大晦日が来るたびに想い出す。
―― 1981年、以前リマインダーに書いたけど(
『爆裂都市から飛び出したバトル・ロッカーズ、脊髄反射の「セル・ナンバー8」』参照)、映画『爆裂都市』のエキストラで参加した現場で『ニューイヤーロックフェスティバル』の話題が出た。
内田裕也が大晦日に開催するオールナイトのロックフェスティバルで、場所は当時浅草国際劇場。今は浅草ビューホテルになっている場所だ。
ロッカーズ、ルースターズ、モッズ、ARB、スターリン、ノーコメンツが出ると知り、迷わず当時の彼氏やエキストラ仲間と前売り券を購入。これが私にとって初めての、家族以外と過ごす外泊する大晦日… になった。
当日浅草駅から国際劇場に向かうと、既に入場待ちの凄い人で溢れていた。全席自由席で入場したら映画のエキストラの知り合い男性達が前の方の席を確保していたので、そこに混ぜてもらえた。
『紅白歌合戦』も『ゆく年くる年』も年越し蕎麦もなく、ロックフェスティバルで年越しなんて最高! と気分は高揚するばかり。
革ジャンにリーゼント姿の男の人たちから、「22時あたりにロッカーズ、ルースターズ、ザ・モッズ、ARB、スターリンが続くよ。「紅白を終えたジュリーも出るよ」… と教えられ、その時間帯は “目指せ最前列!” と誓いあった。
宇崎竜童の人違いで楽屋に
高鳴る期待の中、1番手はハウンドドッグ。確か、その1曲目で後方から客が押し寄せ、前から3列目くらいにいた私を、皆が椅子の上を飛び越えて前へ行く。暫くすると椅子が次々壊れ出した。列繋がりの椅子がどんどんドミノ倒しみたいに潰れていくなかで演奏は続く。
悲鳴が上がるが、逃げたくても身動き取れないなか、私を後ろから抱き抱えてくれたのは彼氏でなく、革ジャンのエキストラ仲間だった。何とか彼のおかげでその場を離れ、お礼を言って彼氏や友人を探すがいない…。
演奏が続くなか、一旦会場外の廊下に出て2階席から舞台を見たら、1階の前の方の椅子は壊れ、その上に客が押し寄せてる状態。見渡す限り彼氏はいない。
階段を降り、とりあえず1階に向かう時、足元に違和感が生じた。どうやら椅子が壊れて逃げる時にブーツの金具とヒールにダメージがあったらしく、グラグラしてヒールが折れそうだ。
「まずい。どうしよう。彼氏は何をやってるんだろう」
最高の年越しになるはずの、初めてのオールナイトロックフェスティバルが、こんなにも過酷なものとは思わなかった。
足元を気にして途方にくれて立ち尽くす私に後ろから、
「○○ちゃん! ここにいたのか? みんな探してたよ!」
… と手を繋いで誘導する男性が現れた。
―― え? 誰?
その声の主は宇崎竜童さんだった。歩きにくい上、完全に私を “○○ちゃん” と間違えてる宇崎さんに人違いだと伝えようとしたその時だ。
「お疲れ様です! 事務所の者と担当カメラマンです!」と彼氏と友人が後ろから登場した。
宇崎さんはニコニコしたまま、私、彼氏、当時カメラマンの卵だった友人男性と3人楽屋に自然に入ることになった。
楽屋というところに入ったのはこの時初めてだが、楽屋内も当然のようにごったかえしていた。宇崎さんは、「出番も近いから、また後でね」と、すぐいなくなり、人違いに気付いてない。
私は彼氏を片隅に引っ張って、ブーツが壊れかけてることや、私がある女優さんに間違えられてること、嘘がばれたらどうするつもりだったのか「よくあれだけ流暢に、咄嗟に嘘がつけるよね! こちらは心臓バクバクよ!」とまくしたてた。
彼は平然と、「楽屋内は演者や関係者だからなんか言われたら “映画のエキストラで宣伝に来ました!” でいいし、別に宇崎さん以外は間違えてないから堂々としてりゃいいやん」と言い切った。
彼氏はこの調子の良さで勝手に関係者に声を掛け、パイプ椅子とガムテープを調達して来た。
椅子に座り、とりあえずガムテープで壊れかけたブーツを補強する。
私は一番入り口に近い場所でブーツを脱いで、とりあえずの処置を始めた。しかし、接着剤は流石に楽屋にも無かったらしい。当時はコンビニもほとんどない時代だ。
混乱する会場、安岡力也と内田裕也が事態収拾に
ブーツ補強がとりあえず終わった頃、一旦観たいバンドのために会場に戻った。
私達が、楽屋に居る間に、何度も危険な状態だったため演奏中断。安岡力也さんが舞台に上がろうとする客を制止しても収まらず、内田裕也さんが静かにするよう出て来ると皆収まる… そんなことを繰り返していた。
そんな状況で、会場の真ん中よりやや前で観ていたら、ついにブーツのヒールが折れた。
隣に居た彼氏の肩を借りると、彼氏は堂々と楽屋に「お疲れ様です」と私を連れて入る。さっきまで使っていたパイプ椅子に座り、今度は完全に折れたブーツのヒールを見たら何だか泣きたくなってきた。
彼氏とカメラマンは、今しがた終わったばかりのお目当てのバンドに次々挨拶しながら楽屋の個室に手を振りながら入って行くのが見えたのだ。
楽屋内は慌ただしく神輿を担ぐ準備をしている。ガムテープと折れたヒールを膝に置いて溜息をついていたら、彼氏がテグスとおにぎりを持って来た。
「お腹空いたろ? ごはんを潰して錬れば糊になるやろ」
「革がご飯粒で付く訳無いでしょ!」
… と声を荒げた瞬間、目の前を松田優作さんが通った。びっくりして目で挨拶したら笑い返してくれた。彼氏とカメラマンは「優作さん!」と彼を追い、また消えた。
沢田研二に感じたスターのオーラ
もうすぐ0時になる。パイプ椅子でブーツを脱いでガムテープ片手にこう思う… 「私なんて無様なんだろう。こんな大晦日初めてだ」。もちろん楽屋内もカウントダウンに向けてスタッフは小走りに駆け回っている。関係者はお酒片手にあちこちで乾杯してる中で邪魔にならないようにひたすら無言でブーツ修理をする私。
その時楽屋入口から沢田研二さんが現れた。反射的に片足裸足で立ち上がりおじきをした。こんな無様な格好が悔しいし、情けない…。
足早に奥に進むスターのオーラを纏った彼に見惚れていると、また彼氏とカメラマン友人が現れて、「ジュリーかっこいい! 見た?」と興奮してさらに大好きなミュージシャン達にサインをもらい、話しをして一緒に写真を撮ったと自慢を始めた。ついに私の中で何かが切れた。
「好かーん!!」
ガムテープで仮止め状態のブーツを片手に楽屋を出て2階に向かい、ジュリーの登場を待つことにした。
凄い人のなか、足を庇いながらジュリーを観た後、片足裸足に疲れて2階の階段に座った。新年を彼氏と喧嘩し、無様な格好で迎えるとは…
気づいたらぽろぽろ涙が出て来た。“暖かいお蕎麦、食べたいな…” 階段はいつでも暗くて寒い。膝を抱えたまま、どうやらそのまま暗い2階席口の階段で寝てしまった私は「おい、大丈夫か?」と肩を揺すられる声で起きた。
内田裕也との約束「これからも大晦日は来てくれよ」
目の前にいたのは内田裕也さん。その隣に安岡力也さんと数人の関係者が私を取り囲んでいた。
「ブーツが壊れて… 大丈夫じゃないです。一緒に来た彼氏は、おにぎりで直せとか、サイン貰いにばかり行って、最低だからさっき喧嘩しました」
… と、話していたらまた涙が出て来た。
「壊れたブーツはごめんよ。で、怪我は無いか? 喧嘩した彼氏はどうした?」
…と、裕也さん。力也さんの周りにいた数人がすぐ動き、スリッパを持って来てくれた。
「とりあえず、これしか無いけど履けよ。片足裸足より良いだろ」
地獄に仏とはこのことか。茶色いスリッパと裸足なら選択肢は決まりだ。スリッパに履き替えているその時、「裕也さんお疲れ様ですー!」またも背後から彼氏とカメラマン登場。裕也さんは、彼氏に少し厳しめに、
「お前が彼氏か… 自分の彼女をきちんと守れない奴はダメだ! 女泣かしたら、さらにダメだ! 今直ぐ謝れ! 俺の目の前で仲直りしろ」
内田裕也さんにそう言われたら、調子良い彼氏は初めて「ごめんね」と私に頭を下げた。
彼氏と裕也さんのやりとりによると、ビートたけしさんが「階段で若い女が片足裸足でぐったりしていて具合が悪そうだ」と聞いて様子を見に来たらしい。
恥ずかしさと感謝で深々と「ご迷惑おかけしすいませんでした」と頭を下げると、
「毎回トラブルには慣れてるけど、怪我しなくて良かった。これに懲りずに、また来年も、これからも大晦日は来てくれよ」
…と言って裕也さんは私と彼氏の肩をポンと叩いて去って行った。
元旦の朝、スリッパで駅に行き電車で彼氏と帰った。泣いたり空腹だったり怒ったりしたが、裕也さんが用意してくれたスリッパで、何故だか彼氏とはずっと笑い合っていた。だって元旦に足元がスリッパって外を歩くって笑うしかない。
内田裕也さんとの約束通り、大晦日は『ニューイヤーロックフェスティバル』に通った。当時の彼氏とは、この後暫くして別れたが、よく会場内で見かけて話したりする関係は続いた。この時の経験以来、私のバッグには必ず瞬間接着剤が入るようになった。
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2021.12.28