1月9日

オリコン最高位2位、中森明菜「北ウイング」チャート集計期間のあやで泣いた名曲

101
0
 
 この日何の日? 
中森明菜のシングル「北ウイング」がオリコンチャートで最高位(2位)を記録した日
この時あなたは
0歳
無料登録/ログインすると、この時あなたが何歳だったかを表示させる機能がお使いいただけます
▶ アーティスト一覧

 
 1984年のコラム 
渡辺典子は劇伴シンガー!? 数多の映画をサポートした女優気質の歌唱力

角川3人娘の次女・渡辺典子のデビューシングル「花の色」は小野小町を本歌取り?

小学生がジャケ買いしたレコードはジューダスの獣戦車メタリアン!

ジャンプ! ヴァン・ヘイレンは今日も誰かの背中を押している

80年代は洋楽黄金時代【シンセリフ TOP10】エイティーズサウンドの特徴って何?

80年代ディスコはハードロックで狂喜乱舞!ヴァン・ヘイレンでジャンプ!

もっとみる≫




80年代の1月1日リリースシングル、中森明菜「北ウイング」


Re:minder、2020年1発目の寄稿ということで “1月1日リリース” の楽曲を持ってきたい! ということで、いろいろ物色したんですけどね。

「1980年代」を謳っているRe:minderとしては、やっぱり1980年代最初の1月1日… つまりは “1980年1月1日” リリースの曲がインパクトあるだろうな… とはすぐ浮かぶわけで… 例えば、沢田研二「TOKIO」や石野真子「春ラ!ラ!ラ!」などですね。

でも、考えることはみんな同じのようで…。Re:minderのアーカイブを見ると「TOKIO」なんてやたらと皆さん書いてるんだよなぁ…。
なので、ほかの曲を… と思ったわけで。

しかし、1980年代で1月1日リリースといえば、他に「チャート小僧」たちの間でちょっと物議をかもした曲がほかにもあったんだっけ…? というのを思い出し今回はその曲をセレクト。

それが、中森明菜さんの「北ウイング」。1984年1月1日リリース。言わずと知れた大ヒット曲であり、彼女の代表曲の1曲といっても過言じゃないですよね。そんな誰でもご存じの1曲ではあるんですが、私がチャートマニアという世界に足を踏み入れてから初めて “1月1日リリース” っていうのを意識した曲じゃなかったかなぁ。

なぜかといえば上でも書いたようにオリコンチャートマニアの間でちょっとした物議をかもしたんだよね。それは、この曲、1月1日リリースであったのにもかかわらず、1月9日付のオリコンに早くも初登場してきたからなんだよね

1月1日リリースのオリコンの集計期間は?


まあ、ヒットチャートにあまり関心がない方にとっては「なんでそんなに騒ぐことなの?」っていうところなんですが、オリコンの集計期間を考えると本来1月1日リリースの曲は、1月9日付のランキングには初登場してこないはずだったんだよね。

なぜなら、1984年1月9日付のランキングは前月12月26日集計だったから。

12月26日集計ということは、12月19日~12月25日間のレコード売り上げがランキングに反映されることになる。

… ということは、1月1日リリースの「北ウイング」は、まだ発売前じゃん。ぢゃなんでオリコンに初登場してくるの? 本来だったら次週の1月16日付で初登場となるはずじゃん。… ってことで、チャートマニアの間で物議になったんだよね。

元旦発売シングルはクリスマス前後に店頭に並んでいた!?


今ではチャートマニアのみならず、商用音楽の流通に多少なりとも興味がある方であれば超常識的なことなんだけど、いわいる “フライングリリース” ってやつなんだよね。

1月1日リリースといっても、どのレコード屋でも一律に1月1日にリリース解禁ってわけじゃない。流通の関係上、12月31日以前でも店に到着次第リリース開始してしまう。
特に年末年始、今でもそうだけど普通に考えると、1月1日なんて、ほとんどの店が閉まっているわけで、一律にリリース開始なんて出来ないわけよ。

そんな事情もあって、1月1日リリースと謳っている曲は、当時でもクリスマス前後にはレコード店の店頭に並んでいたんだよね。そのために、12月25日以前にレコード店に並び購買された枚数が、オリコチャートに反映されてしまった… というカラクリなんだよね。

1位を逃した中森明菜、思わぬライバルは、わらべ「もしも明日が…。」


それはそれで、一件落着… かと思ったんだけど、納得しなかったのが一部の明菜ファン。なぜならば、1月9日付のオリコンに初登場してしてしまったためにオリコンでは初登場1位を取れなかったから。

他の1984年1月1日リリースには、「北ウイング」をしのぐ曲はないとの見方から、初登場1位は確実視されていたんだけど…。敵は思わぬところにいたんだよね。それが、わらべ「もしも明日が…。」。

この曲のリリースは1983年12月21日。つまり、本来ならは初登場でバッティッングするはずのないこの曲とバッティッングすることになってしまった。

当時の明菜のアーティストパワーであれば、普通のアーティストであれば、それでも1位獲得は問題なかったろう。けど相手が悪かった。

この曲『欽ちゃんのどこまでやるの!』の挿入歌であったことは誰でもご存じのことだろうけど当時の『欽どこ』は放送期間中一番脂がのってた時期。視聴率は常に30%以上なんていうお化け番組だった。その挿入歌でしたからねぇ。売り上げ150万枚とかいう下馬評がでたり、言ってみればモンスター曲だったんだよね。

実際、リリースされたら下馬評通りの強さでオリコン初登場1位獲得。おかげで、さしもの明菜も吹っ飛んでしまった。そんなモンスター曲と初登場でバッティングしたために、一部の明菜ファンが納得しなかったんだよね。

ただね、今になって考えると、あの時の「もしも明日が…。」の強さからして、仮に本来の1月16日初登場でも、1位を獲得できたのかどうか… っていう疑問は残る。

… というのも、初登場の1月9日付のみならず、本来初登場していたはずの1月16日以降も2月9日付まで6週にわたって(1月16日付は年末年始のための2週集計)、「もしも明日が…。」の後塵を拝し2位止まり。結局この曲でのオリコン1位獲得とはならなかったわけで…。

前年リリースの「トワイライト」では、薬師丸ひろ子とバッティッング!


しかし、チャート集計のあやとはいえ、さぞかし明菜陣営は悔しかったろうと第三者としては思ったりもするんだけど、当の本人は柳に風だったようだ。「他人は他人。私は私」というあっけらかんとした考えの持ち主。

そもそも、明菜の場合、この「北ウイング」の前、「トワイライト」でも、薬師丸ひろ子の「探偵物語」と同時期のリリースでオリコン1位を逃したっていう前例もあるんでね。

薬師丸とのバッティングを恐れて、みんなことごとくリリース回避する中、ひとり正面からぶつかっていった… みたいな。

ちなみに、こういったこともあって、90年代にはオリコンのチャート集計基準が見直された。すなわちリリース日を基準とした集計に変わったんだよね。

つまりさ、例えば1月1日リリースであれば、例えばこの1984年であれば、前年12月25日以前に店頭に並び消化された分も、12月26日からの売り上げに包括されるっていう流れですよね。そのためそれ以降は、この「北ウイング」のようにフライングでオリコンチャートに初登場することはなくなったわけなんだよね。

勉強になったフライングリリース、着メロ配信でちゃっかり利用


ただ、この「北ウイング」の初登場の物議はレコード流通の流れとして、個人的には大変勉強になった “事件” だったなぁ。

実は後に某着メロサイトで配信ディレクターをやった時に、この年末年始CDのフライングリリースを利用して着メロの “元旦” 配信を行ったことがある。当時、我々が配信していた着メロって、CD音源から1曲1曲着メロ音源を制作するハンドメイドだった。

そんな折、浜崎あゆみのアルバムが元旦リリースっていう情報が入ってきてさ。2002年1月1月リリースアルバム『I am…』の。

あの頃、浜崎あゆみは我々のサイトでは一番人気で、絶対的にリリース日の元旦にアルバム全曲配信を開始したいわけ。それが一番インパクトあるし、おそらく正月休みを考えると元旦リリースっていうのは他社もやってこないだろうし、他社を出し抜けるチャンスだった。でも年末年始休暇期間を考えれば通常の流れで音源制作をしていたんでは元旦リリースに間に合わない。

そこで、年末年始のフライングリリースCDを利用。2001年12月24日にCDを手に入れてもらって、年末年始休みに入る12月28日までに突貫でアルバム全曲の着メロ音源を仕上げてもらい、2002年1月1日0時00分にスペシャルサイトとしてこれらの楽曲を全曲配信開始した。

これも、元はといえば「北ウイング」の時のフライングリリースのことを知っていたからこその事でしたね。

脂がのってた1984年、松田聖子を追い抜いた中森明菜


ヒットチャートにまつわる話ばかりで、この曲「北ウイング」については全く書いてなかったね…。

ネット上を検索してみると、この曲がリリースされる前、「北ウイング」といえば、寺尾聰氏のアルバム『Refrections』に収録されている「北ウィング」のイメージがあったという方が多いんだよね。個人的にもそうだったんだよなぁ。あのブルージーで哀しい曲調。でもそのイメージが強烈だったがゆえに初めてこの曲を聴いたときは、ちょっとピンとこなかったんだよなぁ。それまでの明菜にはなかった曲調だったし。

ただ、ロングトーンを多用した伸びやかなメロディライン。少女からの脱皮を図ってきたかのような少し大人びた歌詞。前曲「禁区」からその動きは見えたんだけども、この曲で完全にイメージチェンジが完了。もう、どんな曲でもこなせるって言う感じだったもんなぁ。実際、「NEW 明菜」っていうキャッチフレーズまで出てきましたしね。 1984年の明菜は、曲も当時の明菜にピッタリ嵌まってて曲にも恵まれてましたよね。何より当の明菜も一番楽しそうに歌ってたんだよなぁ。この曲は、その先頭を飾った曲でしたね。

陽の聖子、陰の明菜… つまり、明菜は松田聖子の後塵を拝しているようなイメージがあったけど、この年は、完全に松田聖子よりも中森明菜って感じでしたもんね。実際、レコード売り上げも4枚のシングルともすべて50万枚以上を記録! 安定して脂がのってた年だったよね。


Song Data
■ 中森明菜 / 北ウイング
■ 作詞:康珍化
■ 作曲・編曲:林哲司
■ 編曲:馬飼野康二
■ リリース日:1984年1月1日
■ 発売元:ワーナーパイオニア
■ オリコン最高位:2位
■ 売上枚数:61.4万枚

■ かじやんの THE HITCHART HOT30 最高位:1位
■ HOT30 ランクイン期間:1983年12月26日~1984年4月2日付

2020.01.09
101
  Apple Music
 

Information
あなた
Re:mindボタンをクリックするとあなたのボイス(コメント)がサイト内でシェアされマイ年表に保存されます。
カタリベ
1969年生まれ
かじやん
コラムリスト≫
47
1
9
8
0
レコードジャケットに見る “昭和の世相” アナログは音の質感だけじゃない!
カタリベ / チャッピー加藤
22
2
0
2
2
甲斐よしひろ「FLASH BACK」数多のカバー曲とソロ活動35周年アルバムの関係
カタリベ / 前田 祥丈
20
1
9
7
8
哀愁のポジティブシンキング!失恋女子と山口百恵の「いい日旅立ち」
カタリベ / 時の旅人
43
1
9
8
2
矢沢永吉「It's Just Rock'n Roll」その先にある、まだ見ぬ新境地へ
カタリベ / 本田 隆
56
2
0
2
1
【日本一早い紅白歌合戦総括】音楽への愛に溢れた最強の音楽フェス!
カタリベ / スージー鈴木
46
1
9
7
9
ヒット曲の料理人 萩田光雄、アレンジャーの功績はもっともっと評価されていい
カタリベ / 鈴木 啓之