種ともこ「CBSソニーオーディション ’84」で優秀賞受賞
『スター誕生!』(1971年~1983年)『君こそスターだ!』(1973年~1980年)などオーディション番組全盛期の時代、どこの芸能事務所もアイドルタレント発掘のため躍起になっていただろう。ただそれは、雨後の筍からかぐや姫を探しだすほどの苦労があったに違いない。
そんな折、自社でオーディションを始めたホリプロの『ホリプロタレントスカウトキャラバン』に続き、CBSソニーは1978年に発足したソニー・ミュージックエンタテイメントによる新人開発・発掘を目的とした『SDオーディション』(現:Sony Music audition)に着手した。
松田聖子、松本典子などを輩出した『ミスセブンティーン』、河合その子、谷村有美などを輩出した『ティーンズ・ポップ・コンテスト』など、各企業とタイアップした様々なオーティションであり、そこから多くのアイドル歌手やタレントの原石を発見していったのだ。
その中でも、歌唱力や音楽センスにこだわったミュージシャン寄りのオーディションが『CBSソニーオーディション』である。HOUND DOG、白井貴子、村下孝蔵、大江千里、尾崎豊など80年代を賑わせたミュージシャンたちが、このオーディション受賞をきっかけにデビューのチャンスを掴んだのだ。
今回掘り下げるアーティスト、種ともこもそのひとりである。歌謡曲アイドルの枠に収まらない芸術家肌の彼女は、CBSソニーオーディション ’84で優秀賞を受賞。その翌年の1985年12月、ANAスキーツアーキャンペーンソング「You’re The One」でデビューを果たした。
デビューアルバム「いっしょに、ねっ。」共同プロデュース武部聡志
種ともこのデビューアルバム『いっしょに、ねっ。』から『みんな愛のせいね。』『Che Che - Bye Bye』まで3枚のアルバムに共同プロデュースという形で武部聡志の名前がクレジットされている。彼女のデビューを見守った武部は陰の立役者だ。ここで彼の経歴を簡単に振り返ってみよう──
国立音楽大学在学中にムッシュかまやつのバックバンドに参加した武部は、ムッシュの紹介により多くのミュージシャンをサポートした。その中でも、憧れだった松任谷正隆との出会いは、後の人生に大きく影響する。松任谷の才能に直に触れ化学反応が起きたことで、彼の潜在下に眠っていたポップセンスが覚醒したのだ。
人の出会いには、運命そのものを左右する力がある。松任谷の信頼を得た武部は、ユーミン(松任谷由実)のコンサートツアー音楽監督(1983年)で世間に注目され、斉藤由貴のデビューシングル「卒業」(1985年)によりアレンジャーとして広く認知された。その後も多くのグループやシンガーのアレンジとプロデュースを行い、ヒット曲を量産。2002年には一青窈をデビューさせ、さらに2004年から現在まで『FNS歌謡祭』の音楽監督を担う輝かしい実績を挙げている。
武部は、日本を代表する名プロデューサーとして音楽業界全体を陰で支えるビッグネームへと上り詰めたのだ。
信頼関係から生まれる相乗効果、天才同士のぶつかり合い!
さて、その武部が種ともこをプロデュースした1986年前後は、シンセサイザーの機能が次々と上書きされた変革期でもある。そのあらゆるスペックを駆使した楽曲アレンジは多彩な音色を重ね合わせ複雑化したが、それによってエキセントリックな彼女の魅力を存分に引きだすことに成功した。
特筆すべきことに、アルバムでは楽曲ごとにシンセの音色がひとつひとつ創り出されている。武部が常に新鮮なアプローチを施したのは、彼女から繰り出されるメロディーの多彩さに感化されたからだろう。僕は、武部が彼女の勝負を受けて立ったんじゃないかな? と想像する。松任谷との化学反応と同じ感覚… アレンジャーとして、またはミュージシャンとして、お互いの音楽性を認め合うからこそ得られる最高の結果。
武部がアレンジしたギミック的な仕掛けやビートの疾走感は、楽曲リリースからおよそ35年経った今でも古臭さを全く感じさせない。プロの仕事とは、そういう信頼関係があってこそ成立する。だからこそ相乗効果が引き起こされるのであろう。天才のぶつかり合いとは、往々にして常人の理解を超えた奇跡を生みだすものである。
今回僕は、3つのアルバムからどの曲を取り上げるか散々迷ったが、デビュー曲にして種ともこの魅力が凝縮された「You're The One」を紹介したい。この曲はANAのタイアップがあり、1985年12月にシングルとして先行発売されていて、デビューアルバムの1曲目を飾るナンバーでもある。ちなみにこのアルバムは、幼児雑誌『よいこ』風のジャケット(種ともこ本人が会社の反対を押し切った)を採用。エキセントリックな彼女の世界観が存分に発揮されている。
大貫妙子のような歌声、矢野顕子のようなメロディーライン?
初めて聴く人に先入観を与えちゃいけないけれど、種ともこが紹介されるときの「声が大貫妙子、曲は矢野顕子」とは言い得て妙だと思う。ストレートで少年のような歌声は大貫妙子を、大陸を思わせるアジアンテイストなメロディーラインは矢野顕子を感じさせる。そして、この強烈に矢野顕子を感じさせる要因は “完全4度のハモリ” だと僕は確信している。
一般的なハモリは、主旋律に対して3度で構成される。誰が聴いても心地良く感じるはずだ。それに対して完全4度(例えば主旋律がCならFが4度)で進行するハモリのメロディーラインは浮遊感を伴った不思議な感覚になり、それが矢野顕子を感じさせるのだ。
クラシックの素養がある種ともこが、中学生時代に合唱部で学んだ和声の魅力に取り憑かれているって向きもあるけれど、実はビートルズにも完全4度のハモリはあるので、そのあたりの影響かもしれない。ちなみに、完全4度って全然わからない… って方は、坂本龍一の「戦場のメリークリスマス」を思い出して欲しい。この曲の主旋律がまさに完全4度進行である。
「You're The One」のイントロでのキャッチーなアレンジは武部の真骨頂。そこからグッと音量を抑えたメロディアスなAメロは、イントロから一転した切なさを伴うギャップにより、種ともこの声が聴く人の胸に飛び込んでくる。
時代を先取りした初期3枚のアルバム、種ともこと武部聡志の邂逅
Bメロは、雄大なアジアの大地を思わせる旋律… それはまるで二胡(弓で弾く三線みたいな中国の民族楽器)を奏でているかのような錯覚を感じさせる。浮遊感を保ちながらグイグイとビートを引っ張るリズムアレンジがカッコよく、そこからサビに繋がるギミックもまた武部らしさを感じてならない。そうして曲は完全4度でハモリを決めるサビへと突入するのだ。
忘れないで忘れさせないで
あなたのこといつもいつも
見つめていたいの
You’re The One I Want
悲しい時も苦しい時も
眼を閉じたらきっと見えるはずよ
You’re The One I Want
抜群にキャッチーなメロディーライン。種ともこは、少年のような声とファルセットを行き来させ独自の世界観を作り上げ、武部はその世界観を完全に把握して彩りを加え、楽曲を完成させる。後半に来るサビの転調やブレイクなどのアレンジも憎らしいくらい決めてくる。この辺りに注目してぜひ「You're The One」を聴いて欲しい。
武部聡志と種ともこ。ふたりの邂逅は、思いがけず組むことになった偶然か、それともCBSソニーの仕掛けという必然か分からないけれど、素晴らしい楽曲を創り出ししてくれた。この曲を含む初期3枚のアルバムは、今の時代でも違和感なく溶け込んだ仕上がりで、逆に言えば、ふたりは時代を先取りし過ぎたのかもしれない。
なぜなら、当時から彼女が自分を語るときの口癖が「天才種ともこは…」だったからだ。種ともこは、もっともっと評価されるはずの人物。ただ天才であるが故に、そんなことお構いなしだろうけれど。
2020.07.29