10月5日

岩崎宏美のメタモルフォーゼ「10カラット・ダイヤモンド」音の建築家たちと夢の共演

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photo:Victor Entertainment  

岩崎宏美と筒美京平、竜虎相打つ真剣勝負!


歌手・岩崎宏美に欠かせない作曲家といえば筒美京平に他ならないだろう。

また筒美京平自身も、圧倒的な歌唱力を有する岩崎宏美に対しては、一切の忖度なく、自分の作曲センスを全力でぶつけていたように見える。

「スローな愛がいいわ」「未完の肖像」など、時には異常とも言える難曲をぶつける筒美京平と、それをなんなく歌いこなしてしまう岩崎宏美の様子は、まさに竜虎相打つという表現そのもので、それぞれがシンガーと作曲家の頂点に座するものが本身で斬りあう壮絶な勝負の場としてファンの耳には響き、またそれができることに、お互いの濃密な信頼関係を感じさせた。

岩崎宏美と筒美京平は、お互いがお互いにとって欠かせないベストパートナーだったのではなろうか。

筒美京平は岩崎宏美に対して全曲作曲のアルバムを『パンドラの小箱』(1978年8月25日発売)と『WISH』(1980年8月5日発売)の2枚残している。

しかし、今回はその間にある『10カラット・ダイヤモンド』(1979年10月5日発売)をあえて紹介したい。

筒美京平率いる日本のポップスクリエイターv.s.岩崎宏美の5番勝負


『10カラット・ダイヤモンド』は、岩崎宏美で初のシングル未収録のアルバムであり、一種のコンセプトアルバムだ。

ではどんなコンセプトなのか。ざっくり言えば “日本のポップスクリエイター” v.s. “岩崎宏美” 5番勝負、そんなアルバムと言っていいだろう。

全10曲のを5人の作家が2曲ずつ担当しているのだが、すべてが筒美京平と同様に編曲もこなせる音の建築家たちなのだ。

そのメンバーは、筒美京平をはじめ、川口真、穂口雄右、船山基紀、佐藤準という陣営。どの作家も編曲家としてのイメージも強いメンバーばかりだ。特に船山基紀、佐藤準が作曲も担当するのはレアケースであるので、意識した企画であることが読み取れる。

また1979年という時代を考慮すると、作曲家兼編曲家というくくりではほぼベストメンバーといって間違いない(…… 馬飼野康二がいないじゃないかと思った御仁、同時期発売のシングル「万華鏡」がA・B面ともに馬飼野康二作・編曲なので、同時期に録音して、シングル昇格によりアルバムからは外されたと見ていいので、ご安心を)。

さらにいえば、他の4人が編曲と作曲を両方担当している一方、筒美京平のみが編曲を他者にまかせている(後藤次利・船山基紀の連名)ところに、このアルバム企画に筒美京平の意思があったのでは? と私は邪推してしまうのだ。

日本ポップスの宝・岩崎宏美をみんなでシェア


それはどういうものか……。つまり、岩崎宏美の逸材っぷりに心酔している筒美京平と同業の仲間とのあいだでこんな雑談があったと妄想してほしい。

「岩崎宏美って本当すごいんだよ、どんな無茶なオーダーでも、なんなくこなしちゃうんだから」
「本当?」
「本当、本当。岩崎宏美なら、自分のやりたいこと全部つめこめるんだよね」
「羨ましいなぁ」
「あ、なんなら、次のアルバム、参加してみない? 編曲はもちろん作曲も。フルパッケージおまかせで」
「いいの?」
「僕から飯田くんに薦めてみるよ。なんなら企画書書いてもいいかな、5人の作家と岩崎宏美でアルバムを作る。岩崎宏美しか歌えない曲をみんなで持ち寄る。もちろん全部新作……」

歌謡曲というのは、歌手の特性…… キーを始め、リズム感やちょっとした癖、言語化できないニュアンスや持ち味を含めて作るオートクチュールという側面がある。

そういった縛りをベースに作家たちは趣向を凝らし、そこに面白味が生まれるのも事実ではあるのだが、作り手たちは一方でこうも思ってもおかしくない。

「もし縛りなしに自分の自由に作ることができるのなら……」と。

そんなありえないことをかなえてくれる歌手が、当時の岩崎宏美であった。

そんな稀有な才能を自分だけが独り占めすることを筒美京平は申し訳ないと、他の仲間にもシェアしたいと思ったのではなかろうか。

ひいてはみんなで高品質な作品をリリースすることでポップスのフィールドをより良くしたい、盛り上げたいと思ったのではなかろうか。

このアルバムにおいて、筒美京平のみが編曲を自身で行わないのも、そうした精神に根付くものであり(―― 連名となったのは、当時の後藤次利が編曲家としてはまだキャリアが浅かったことから、既に大御所である船山基紀のサポートを入れたのでは、また今作の結果が良好なことから次作『WISH』で約半数の編曲を後藤次利に任せたのでは、と推測する)、これは80年代入ってからの彼の姿勢にもつながるものである(80年代の筒美京平は、編曲のアウトラインは提示しながらも、あとはそれぞれのアレンジャーにおまかせ、という姿勢だったという)。

スパークした阿木燿子&三浦徳子の才能


『10カラット・ダイヤモンド』は5人の作・編曲家の才能(後藤次利を含めると6人か)がスパークしているのはもちろんだが、作詞を半分ずつ担当している阿木燿子・三浦徳子の両者の仕事っぷりも見逃せない。

阿木燿子は、この年にジュディ・オング「魅せられて」でレコード大賞を受賞しており、まさにキャリアハイの1年。一方の三浦徳子は八神純子「みずいろの雨」で脚光を浴びたその翌年である。両者ともに共通するのは、今までの歌謡曲になかった「自立した強い女性」や「男性が幻滅しかねないような女性の本音」をてらいもなく描けることであり、男性では思いもつかないキラーワードが自然体で生み出せることだ。

20歳を迎えた岩崎宏美を演出するシナリオライターとしてこれ以上ないふたりであるし、実際仕上がった作品も「マチネへの招待」「水曜の朝、海辺で…」「哀しみは火のように」「麗しのカトリーヌ」「テーブルの下」とタイトルからして、ヨーロッパの恋愛映画のようにエレガントでありかつ複雑な人の心の綾が透けて見えるようなドラマチックで重厚な作品が並んでいる。特に若書き時代である三浦徳子の詞作は瑞々しく、ここはアンカーを引いて語らざるをえない。……「テーブルの下」なんてすごいよね。こんなドラマチックなサウンドとメロディーでそれに呼応するように詞も激情そのものなのに、タイトルは「テーブルの下」なんて素っ気なくツンと澄ましている、このタイトルは普通の感性ではつけられないよ。

歌の主人公像は若いながらも自立した大人の女性に変貌しており、男性との関係性も成熟したものを感じさせる。「疑似恋愛の対象としてのアイドル、そのノベルティーとしてのアイドルポップス」という文脈はこれらの楽曲には一切ない。

岩崎宏美の歌唱もスパーク!


話は、少しばかり過去に戻る。岩崎宏美は、デビュー当初、20歳になったら引退するつもりだったという。それは芸能界に入るにあたって父と交わした約束によるものであったが、一方で、世間一般の認識もそういうものではあった。曰く「アイドルなんて、若い時だけのもの。20歳を超えてまで続けるものではない」と。
実際、山口百恵やキャンディーズに限らず、70年代のアイドルの多くが20歳を超えるとすぐさま「アイドル」という職業を辞めるための大きな決断をしていた。

はたして1978年11月に20歳をむかえた岩崎宏美は、歌い続けるという選択をするが、そこには新たに期するものがあったのだろう。岩崎宏美はアイドルらしいミスティフィケーションをこの前後から急激に脱ぎ捨てるようになる。

もともと圧倒的な歌唱力を有する岩崎宏美であるが、前作『パンドラの小箱』と比較しても、この『10カラット・ダイヤモンド』の岩崎の歌唱はさらにバリエーション豊かになり、表現のニュアンスも繊細で深い陰影がかかっていることが、聞いてすぐにわかる。情感がとにかく濃やかなのだ。

もちろんこれは、『パンドラの小箱』と『10カラット・ダイヤモンド』の間に2枚のカバーアルバム(『ALBUM』:1978年10月発売、日本の童謡・抒情歌をカバー / 『恋人たち』1979年3月発売、洋楽をカバー)とミュージカルの出演(ロック・ミュージカル「ハムレット」:1979年7月公演)があり、その成果の表れと見ていいだろう。より艶やかに、つややかになり、説得力が増した岩崎宏美は、すっかり酸いも甘いも噛み分けた大人の淑女だ。

優秀なスタジオミュージシャン・アレンジャーによる鉄壁のサウンドプロダクションを伴奏として、女性の感性に根ざしたリアルな恋愛事情を、歌唱力モンスターの岩崎宏美がさらにパワーアップして、完璧を超えた歌唱で魅せる。このアルバムは、もしかしたら、この時期に台頭してきた若いニューミュージック・シンガー(庄野真代・八神純子・渡辺真知子・大橋純子など)の世界観を狙った作品なのかもしれない。しかし、音の建築家たちと岩崎宏美の圧倒的な力でそれをあっさり凌駕してしまった作品として、私の耳には響く。

80年代の岩崎宏美、誕生


シングルレス、さらにオリジナルアルバムとしては1年以上のブランクとなり、セールスとしては厳しい結果となることも予想された『10カラット・ダイヤモンド』であるが、オリコンLPランキングは第11位 / 4.0万枚と健闘する(参考:『二十才前』第10位 / 3.6万枚、『パンドラの小箱』第11位 / 4.4万枚、『WISH』第14位 / 3.5万枚 ※すべてカセット売上を含まず)。

一方で、アルバムと同時期制作したシングル「万華鏡」が「スバル・レオーネ」(岩崎本人も出演)のCFソングに起用され、シングルとしては「思秋期」以来の20万枚超えのヒットを記録する。このスバル・レオーネのCFは、同年、山口百恵がトヨタの「ターセル・コルサ」CFに起用(CFソング「愛の嵐」)されたのに触発されてのことだろう。当時、百恵のライバルと言えるシンガーは、アイドルという領域を超越したという意味も込めて岩崎宏美しかないかった。

スバル・レオーネのCFは、ヨーロピアン・エレガンスをコンセプトとしており、『10カラット・ダイヤモンド』の世界観とも通底している。岩崎宏美はそのCFでクラシカルなオペラグラス越しにスバル・レオーネを見つめる。その姿はすっかり大人の女性だ。

以下、蛇足を承知で語るが、岩崎宏美のスバル・レオーネのCFソングはこのあと「白夜」「女優」と続き、「女優」編においては、岩崎宏美自身がレオーネを運転している。昭和の自家用車のCFにおいて、若い女性がセダンを運転する、これは異例中の異例だ。女性は登場しても運転はしない、運転してもそれは軽自動車に限る。これが当時の不文律であり、全盛期の小林麻美や浅野温子ですらそうだったのにもかかわらず、岩崎宏美は楽しげにキーをふり回してさらっとレオーネに乗り込んでいる。

「思秋期」以来、大人へのメタモルフォーゼとともにセールスが漸減傾向となっていた岩崎宏美であるが、この時点でようやく新たなイメージが定着し、安定化する。

卓抜したテクニックと豊かな情感をあわせ持ちドラマチックな歌で人の心を震わせる一方で、生粋の都会っ子のセンスで若い女性のお手本ともなる…… 80年代の岩崎宏美の誕生だ。

このアルバムのリリース直後、80年代に入ってすぐに起きた山口百恵の引退&松田聖子の登場という歌謡界史上稀に見ぬ巨大な地殻変動にサバイブできたのも、「聖母たちのララバイ」という国民的ヒットを放つことができたのも、その後『火曜サスペンス劇場』の主題歌を「夜のてのひら」まで、5作連続で担当できたのも(私個人は「25時の愛の歌」が一番好き)、カメリアダイヤモンドのCFをモデル・CFソングのダブルで担当できたのも(CFソング「決心」「夢狩人」「慕情」)、唯一の連続ドラマ出演がトレンディドラマの嚆矢たる『男女七人秋物語』であったのも、この『10カラット・ダイヤモンド』をはじめとした1979年の成果がなければ、なし得なかったものと私は感じている。

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2021.10.24
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