7月28日

40周年!中森明菜「少女A」日本テレビ音楽祭の予選会で仕掛けた大胆すぎる賭け

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photo:Warner Music Japan  

日本テレビ音楽祭に挑んだ中森明菜、勝負曲は「少女A」


“水” という液体の沸点は100℃。この沸点に達するまでの経過は、ザっと以下のようになる――
フツフツと、粒状のあぶくが鍋底で増殖、
ゴ~っという音を轟かせながら、その勢いを増してゆく、
やがて鍋をグラつかせるほどのパワーを備え、
100℃に達したところで沸騰する――

時は1982年8月4日木曜日の宵、お茶の間でテレビを楽しんでいた筆者は、とある場面を目の当たりにして胸がザワついた。それは水沸騰プロセスの初期段階、粒状のあぶくがフツフツと沸き立ち、静寂でありながらも徐々に温度上げてゆくあの感じによく似た光景を目撃したからである。

筆者の眼球は、その場面を凝視するかの如く “上目使いに盗んで見ている蒼い視線” へと変化していったことは言うまでもない。端から見たら相当コワい…… が、それほどまでに惹きつけられた場面だったということになる。

ブラウン管が映し出していた番組は『日本テレビ音楽祭・決定!最終ノミネート』。これは日本武道館での本選ではなく予選会の段階であり、本選行きのパスポートを手にする歌手を決めるための大会だった。

新人賞は、事前審査を経て選抜された21名が壇上にズラリ。一生に一度しかない(再デビューにより二度も三度も参戦するチャッカリ組もいたが)新人賞の栄冠を勝ち取るために、その試練へ立ち向かう若き小鳥たちが勢ぞろい… といった眺めである。この中から幾人かは選出されるものの、選に漏れた者たちは涙を呑んで即退場という、「いわゆる普通」のサドンデス形式で行われる。これら候補歌手のひとりとして、まだデビューから3か月の中森明菜(以下、明菜嬢)も顔を並べていたのである。

このサドンデスに挑むための勝負曲は「少女A」。

大胆すぎる賭け、リリースから僅か1週間の新曲で参戦


なにやら見慣れぬ題名に、「スローモーション… じゃないのか?」と画面に向かって叫んでしまった筆者だったが、それは無理もない話だった。なぜなら、「少女A」の発売日は本ノミネート大会の僅か1週間前となる7月28日。本楽曲でテレビ出演する明菜嬢を観たのは、おそらくこの時が最初だったからだ。

明菜嬢は発売からたった7日しか経っていない、産声を上げたばかりの新曲を引っ提げ、大胆すぎる賭けを仕掛けてきたのである。中には、7月21日発売の曲で参戦した者もいたが、発売から僅か1週間の曲で参戦というパターンは型破り。他、真鍋ちえみが8月1日発売の曲で参戦してはいたものの、「似たようなこと 誰でもしているのよ」… に非ずの様相を呈していた。

実績ナシの曲で参戦しようが「そんなのどうでも 関係ないわ」。

筆者の不安を蹴散らしてくれたのが、当該ノミネート大会における明菜嬢の雄姿である。白いブラウス、大玉のネックレス、そして横縞柄のミニスカートというファッションで、「少女A」の初期型衣装である。

髪はサラっとおろしたレイヤード… そう「スローモーション」歌唱時と基本は一緒だが、前髪の分け目がややサイド寄りになった変形型でオトナびて見える。夏の陣の火蓋は、こうして切られたのである。

例年にない大接戦、武道館行きのパスポートは残り2名…


武道館行きのパスポートを与えられた新人歌手が次々と発表されていく。当選者は、高橋達也と東京ユニオンによる参加楽曲のイントロ演奏により発表という、いわゆる “日テレ方式” だ。イントロに耳をそばだて「これは自分の曲だ!」と確信した新人歌手が舞台中央へ進みそのまま歌う… といった手順を踏むのである。

堀ちえみ、松本伊代、シブがき隊、小泉今日子、石川秀美、早見優、尾形大作、北原佐和子――

「やっぱりこの人か」といった面々が順当に勝ち上がっていく。例年にない大接戦により、通常枠を大きく上回る8名が決定し、残りは2名のみと発表されたばかりだ。待機組の中には、実績や戦績で明菜嬢を上回っていた者もいる。

ちなみに、これまでの明菜嬢の戦績は1勝1敗。初陣『メガロポリス歌謡祭』新人賞では本選へ駒を進めたものの、続く『日本歌謡大賞新人祭り』では急転直下の落選。早見優や石川秀美らと共に第2グループ内にいた明菜嬢の落選劇には、口をあんぐりさせられたものである。

これはヤバイぞ! 先の『日本歌謡大賞新人祭り』に連鎖する落選… という悪夢もチラつく断末魔だ。明菜嬢にとって最後の頼みの綱は、日本テレビ『スター誕生!』出身者という利点のみ。この、やや劣勢とも思える状況での名誉挽回はあるのか?



「じれったい じれったい」ジラしまくって発表をもったいぶる展開は、観ている側にとっても心臓に悪い。発表時に鳴り響くティンパニーロールの音が、より一層の緊張感を生み出すのだ。

演奏、メロディ、明菜の歌声… すごいのはタイトルだけじゃない!


「指揮者がゆっくりと今、譜面を確認いたしました!」
「さぁ! 残るふたつ。最初のひとつはどんな曲でありましょうか。お願いいたします!」

煽るような司会者の声が会場いっぱいに轟いたその瞬間…… おなじみの「少女A」のイントロが!

イントロが演奏され続けても、不確かな面持ちのまま舞台中央へ進もうとしない明菜嬢。司会者により曲タイトルがアナウンスされ、ようやく前へ出ようとするほど疑心暗鬼の様子だ。

 上目使いに 盗んで見ている
 蒼いあなたの 視線がまぶしいわ
 思わせぶりに 口びるぬらし
 きっかけぐらいは
 こっちでつくってあげる

「少女A」という、インパクト抜群のタイトルは、少年犯罪において実名報道を避ける目的で使用する匿名からヒントを得たという斬新さ。ヤンキー文化が真っ盛りだったこの時代には、的を射すぎたセンスだった。

しかし、凄いのはタイトルだけじゃない。エフェクトを効かせたアグレッシブなエレキ音、全音と半音が入り乱れながら降下する狂気に満ちたイントロ、危険な香りをくゆらす歌メロ、「きっかけぐらいはこっちでつくってあげる」というドSっぽい主人公、そしてズシンと響く明菜嬢の低音バズーカ砲等々。筆者の体内に存在する全水分がフツフツと沸きあがっていく… そんな感覚に襲われたことを今でも覚えているのだ。

ノミネート大会を勝ち抜き本選出場、そして勢いを増したヒットチャート


 いわゆる普通の 17歳だわ
 女の子のこと知らなすぎるのあなた
 早熟なのは しかたないけど
 似たようなこと 誰でもしているのよ

明菜嬢を後ろから眺める他新人歌手たちの顔つきも、どこかいぶかしげ。

「ナニコレ?」
「なんなのこの曲?」

… と戦々恐々になっているのか、危険を察知した子羊の顔のようにも見える。この時点の明菜嬢は、まだ小さなあぶくが鍋底でフツフツしている状態にすぎなかった。が、遅かれ早かれ沸点に達してゆくであろう… そんな未来を感じさせる明菜嬢のオーラを目の当たりにし、ゾワゾワが止まらなかった宵となったのである。

筆者の勘は、ものの見事に的中した。この曲こそが、1982年夏以降のニッポン歌謡界における100℃になるであろうと。

このノミネート大会を勝ち抜き、本選へ出場したことで弾みがついたのか、その辺りからヒットチャートでも勢いを増していった。そして10月初旬には、あれよあれよという間にベストテン入りの “ゴボゴボ大沸騰状態” と化し、沸点100℃に達したのである。

ブームを伴う大ブレイク!中森明菜の標的はもっと別のところにある


 特別じゃない どこにもいるわ
 わたし少女A

明菜嬢が、どこにもいる少女Aでなかったことは以後の活躍を見ても明らか。“82年組” のトップを走っていた松本伊代を軽くブチ抜き、ジャニーズからはYMF正面突破のシブがき隊もいたが…。

 そんなのどうでも 関係ないわ

大晦日の大一番『日本レコード大賞』の新人賞に落選しようがなんだろうが「アタシの標的はもっと別のところにある」… そんな挑戦状をチラつかせるほどに勢いづいていったのが、沸点到達後にブームを伴う大ブレイクを起こした明菜嬢だったというワケである。それを狙いうちするかのように、次作「セカンドラブ」でヒットチャートの1位へ躍り出たのを皮切りに、その後もメガヒットの連発銃。この快進撃により、後続アイドルはもちろん、先輩アイドルたちまでもが明菜風を模倣する動きが活発化し、配下に据える人材も増殖していった。

また、「少女A」のヒットにあやかり、「熟女B」(五月みどり)、「教師C」(いんぐりもんぐり)なるオマージュ作品を生み出した点も、紛れもないブームの証と言える。これは、沸点に達した水がゴボゴボと音を立てつづけ、鍋をグラつかせながら熱々状態を保ち続けていたことに他ならなかったのである。

 危険な素敵が、してみたい。

「少女A」には宣伝用として、このようなキャッチコピーが使われていたのをご存知だろうか。40年前の夏… 明菜嬢がもたらした “危険な素敵” とやらに溺れ、その熱でヤケドしたのは筆者。「少女A」が、今も明菜ソングスのマイフェイバリットとして燦然と光を放ち続けるのは、この宵の衝撃がすべてなのである。


※2021年5月2日に掲載された記事をアップデート

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2022.05.03
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カタリベ
1968年生まれ
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