カタリベの皆さまの中で、最年少が僕だ。何しろ唯一の平成生まれである。そもそも、なぜ僕が80年代の音楽だけでなく、いわゆる「親の聴いていたような」音楽を愛しているのか。
親の影響、というわけではないようだ。そして僕は「古い」音楽「だけ」が好きなのではない。理由の一端は僕の「のめり込み」気質にあるのだろう。
好きなミュージシャンがいると、そのミュージシャンが何を好んで聴いていたのか、僕はいつも気にしてしまう。すると、自然に「昔の」アーティストの音楽を聴くようになるというわけだ。
「ルーツ」への探求となると、どこまでも遡ってしまう。
しかし何よりも大切なのは、その「古い」音楽が平成生まれの(「ひねくれ・生意気」目線ではあるが)僕の心を捉える世代を超えた「楽曲の力」を持っているか、だ。
そんな「楽曲の力」が生き生きと伝わる映像がある。それが、カール・パーキンスの音楽活動30周年としてイギリスで86年1月1日に放送された『ブルー・スエード・シューズ:ア・ロカビリー・セッション』だ。
説明するまでもないがカール・パーキンスは、ロカビリーのヒーローだ。エルヴィス・プレスリーがサン・レコードからRCAに引き抜かれた後、カールのロカビリー楽曲がサン・レコードを支えた。
1955年12月に発表された彼のオリジナル曲「ブルー・スエード・シューズ」は、サン・レコード期のプレスリーを凌ぐレーベル最大のヒット作となった。その後カールは度重なる不幸により大きくエルヴィスに水をあけられてしまうのだが、その「楽曲の力」は確実に受け継がれていた。
その力は大西洋を超えた。1964年、カールはチャック・ベリーとのジョイントツアーでイギリスを訪れた。そこでビートルズの面々の歓待を受けたのだ。ヒーローを目の前にしたビートルズの面々の興奮した様子を想像するに難くない。
そのノリのまま彼らはEP『ロング・トール・サリー』に、リンゴが歌うカールのカヴァー曲「マッチボックス」を収録。そして4thアルバム『フォー・セール』にも、カールのカヴァーを二曲収録する。それがリンゴの歌う「ハニー・ドント」と、ジョージの歌う「みんないい娘」であるのは、ご存知の通り。
その20余年後、リンゴとジョージは同じ曲を、カールとともに、このロカビリーセッションで披露することになる。その運命的瞬間の重要さとともに、参加した面々の豪華さに驚く。
エリック・クラプトン、デイヴ・エドモンズ、解散を表明していたストレイ・キャッツからスリム・ジムとリー・ロッカー。そして極め付けはジョニー・キャッシュの長女、ロザンヌ・キャッシュだ。
何よりも印象的なのは当時、第一線を完全に退いていたジョージの生き生きとした姿である。まさに「自分のルーツにある音楽」を、楽しんで演奏しているというのが一目でわかる。彼はその後、『クラウド・ナイン』で奇跡的な復活を遂げ、スーパーグループ・トラヴェリング・ウィルベリーズを結成することになる。僕は、彼の復活の原点にこのセッションがあったのでは、と考えている。
しかしここで強調したいのは、世代が違うもの同士が「音楽への愛」に満ち溢れて、好きな音楽を共有し楽しんでいるという事実だ。
中でも、全員一列に並んで披露される「ロカビリー・スタンダード・メドレー」は最高だ。セッションが一旦終わったと思っても、ジョージがなんと勝手にカールの「グラッド・オール・オーヴァー」を弾き始め、「終わらせない」のだ!
「大好きなんだろうなぁ」というのが、実によく伝わってくる。そしてこのセッションほど「楽曲の力」がいかに世代を超えられるか、示したものはないのではないか。例えばスリム・ジム、リー・ロッカーとカールの年齢の差は、カタリベの皆さんと私の年齢の差に等しい。
「楽曲の力」こそ、それを埋める。そして僕をカタリベ最年少として「語らせて」いるものは、このセッションに感じる「楽曲の力」以外の何物でもないのだ。そして「好きな音楽」で共感できることの喜び、これに勝るものはないと思っている。
そして僕は、ギターの代わりに、キーボードを叩いてトゥーマッチな「愛」を伝えたい、そう思ってコラムを書いている。
2017.07.04
YouTube / Carl Perkins on MV
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