ユニコーン4枚目のアルバム『ケダモノの嵐』(1990年)は、女や社会に対して格好つかない男が何人も描かれたロック絵巻。レコ大のアルバム大賞作品であり、メディアではもっぱら最高傑作に数えられる。確かに、5人の総合力が最も伝わりやすいのは本作だろう。
日本には “日本のビートルズ” がけっこういる。批評上よくある論法で、何故そのように形容したくなるかはバンドによって理由が異なる。ビートルズ直系の音楽性、あらゆるジャンルを内包する多様性、日本語ロック史における先駆性、絶対的な国民性、作曲能力を誇るメンバーが複数名在籍している関係性… 等々、幾通りもの “ビートルズ的” があるわけだが、ユニコーンの場合、とりわけヒトを喰った諧謔性からそれを感じる。
彼らは、“本気で音楽と戯れる” のを原則とした創作環境において全員がフロントマンを務め、互角のセンスを発揮してきた。ロックに心酔しながらも、本場のロックカルチャーとの距離感を埋めることは端から不可能だという諦めに似たものを共有しており、そのことがむしろ型にはまらないソングライティングの原動力となり、“ビートルズ的” なバンド像に繋がっている。
生真面目な応援歌ばかりが量産される今の時代『ケダモノの嵐』を聴くと、滑稽な物語がより一層新鮮に響く。どうせフィクションなんだから共感できない人間を歌ってもいいじゃないか、とつくづく共感する。流行歌には時々そういう薄情さもないと、一般大衆の感受性は硬化していく一方だろう。へんな話、ユニコーンにはずっと勇気も元気も与えようとしない歌を提示していてほしい。表面的には、である。
メンバーは、ドラムスの川西幸一、ギターの手島いさむ、メインボーカルの奥田民生、ベースの EBI(堀内一史)、キーボードの ABEDON(阿部義晴)。現在もこの5人だ。
【全曲解説】
1. 命果てるまで
■作詞・作曲:奥田民生
ボーカルは民生。ウクレレとスチールギターを加えたハワイアン+ジャズ調にのせて、風俗通いに心弾ませる男を歌う。察するに着想は、ビートルズ「ユー・ノウ・マイ・ネーム」。初期のサザンオールスターズにも類例があるノベルティアレンジで、民生は「この曲を作ったとき、桑田さんに勝ったと思った」と述べたことがある。MV の完成度も高いが、世界観に則した映像のため地上波放映はたぶん無理。
2. フーガ
■作詞・作曲:EBI
ボーカルは EBI と阿部。オペラ+パンク調にのせて「生きとし生けるもの繰り返すあやまち」などと仰々しく結婚を悔やむ男を歌う。EBI は初のボーカル作「ペケペケ」(1988年)と本曲により、女に怯える男役が板についた。またスケールの狭い事象をさも世界の一大事みたいに表す諧謔性は、後に宇宙画をジャケットにした7枚目のアルバム『ヒゲとボイン』(1991年)のトータルコンセプトへと発展している。
3. ロック幸せ
■作詞・作曲:川西幸一
ボーカルは川西と手島。50s ロック調にのせて、ダメなサラリーマンを歌う。かつて植木等が演じた無責任男は都合どおり出世する時代を生きていたが、バブル崩壊前夜の本曲では「会社勤めもいつまで続くかわからない」と予見。サビのリフはビートルズ「バースデイ」あるいは、ロイ・オービソン「オー・プリティ・ウーマン」を彷彿とさせる。音痴とからかわれる川西の声は、うまく機能するとジョン・ライドンのようだ。
4. ケダモノの嵐
■作詞:川西幸一 作曲:奥田民生
ボーカルは民生。湾曲するベースラインが痛快なファンクロック調にのせて、別れ話を切り出された無様な男を歌う。アイドル扱いで群がるファンたちを試すような表題曲である。簡単な言葉の組み合わせで意表を突いていく作詞法は、そもそも年長者・川西がバンドに持ちこんだもの。彼がいなかったら、今日の民生のスタンスは確立されていなかったかも知れない。
5. エレジー
■作詞・作曲:奥田民生
ボーカルは民生と阿部。気の抜けた R&B調にのせて、自宅に女を招きたい下心たっぷりの(犯罪の匂いもする)男を歌う。男のパートは民生、唐突にアレンジを変えて挟むト書きのパートは阿部で、さらに一言だけある女性のパートはゲストの渡辺満里奈が担当している。「フーガ」だの「エレジー」だの、ユニコーンには何故か実際の音楽性と合致しない曲名が多い。このこともヒトを喰っていると思う。
6. 自転車泥棒
■作詞・作曲:手島いさむ
ボーカルは民生。XTC を彷彿とさせるブリットポップ調にのせて、別れた恋人のことを自転車の思い出とともに歌う。「膝をすりむいて泣いた 振りをして逃げた」といった照れ隠し気味の描写がかえって切ない。精神年齢が若いというより、早くに老成したオトナだからこそ一周して到達できた “少年目線” が、手島作品の真骨頂である。ユニコーン屈指のミディアムバラッド。
7. 富士
■作詞・作曲:ABEDON
ボーカルは民生と阿部。穏やかなワルツにのせて、男女のめぐり逢いを崇高な山景とともに歌う。坂道を滑り降りていく「自転車泥棒」に続き、坂道を登りつめていく本曲という流れは狙いだろうか。囁いて歌うときの2人の声は一卵性双生児のように似ており(まさにレノン&マッカートニーのようだ)小生にはまだ、どちらが歌っているのか分からない箇所がある。
8. リンジューマーチ
■作詞・作曲:奥田民生
ボーカルは民生。オーティス・レディングを彷彿とさせる陽気な R&B調にのせて、車に轢かれて幽霊になった男を歌う。平成版「帰って来たヨッパライ」の趣だが「僕の姿は君に見えないから さらに便利」などと言っており、男のダメさはフォーク・クルセダーズの上をいく。終盤にあるイテテイテテ… のフレーズは、ハリー・ベラフォンテのパロディだろう。車に轢かれたからイテテなわけである。
9. スライム プリーズ
■作詞・作曲:EBI
ボーカルは EBI。プリンスを彷彿とさせる密室ファンク調にのせて、女の部屋に忍び込んだ化物を歌う(変質者の比喩なのかは不明)。『ウルトラセブン』のオープニングテーマをはじめ、ジャンルレスなサンプリング音源が闇鍋のように混ざっており、こんな音楽がバンドきっての伊達男の作品だという落差がまた魅力である。EBI だけには、いまだ作家的傾向というものがない。
10. CSA
■作詞・作曲:ABEDON
ボーカルは阿部。ヘヴィメタ調の超珍曲。当時所属先だった CSアーティスツの住所と電話番号をまるごと歌詞に加えており、演奏時間は1分にも満たない。ヘヴィメタはロックの中でも高度な技術や身体適性を求められるジャンルのはずだが、それを箸休め程度の曲でシレッとやってのけるバンドというのも、考えてみたら稀である。
11. いかんともしがたい男
■作詞・作曲:奥田民生
ボーカルは民生。ビートルズ「アイ・アム・ザ・ウォルラス」を彷彿とさせるサイケ調にのせて、大した理由もなく仕事を休んだ男を歌う。アルバムを通して聴くと「ロック幸せ」の続編とも思える。詞中のト書きは「電話は 切れてる」の一節だけなのに、連絡先の上司に呆れられた光景を映像化できるセンスに脱帽。終始聞こえる不気味なカウントは、同じビートルズでも「レボリューション9」からの着想だろう。
12. 夜明け前
■作詞・作曲:ABEDON
ボーカルは阿部。明日の朝には別れる、恋人の寝顔を見つめている男を歌う。物語設定はボブ・ディラン「くよくよするなよ(Don't Think Twice, It's All Right)」を連想させるが、曲調に関連性はなく、強いていえばクラシックの歌曲に近い趣のバラッドである。冒頭からしばらくアカペラのため、アルバム中唯一の緊張感が漂う。暴れるときはとことん暴れ、繊細なときはとことん繊細。阿部はいつも、ユニコーンの両極に位置する。
13. 働く男
■作詞・作曲:奥田民生
ボーカルは民生。“忙しくて会えない” は民生作品に顕著なテーマであり、本曲の他に「大迷惑」(1989年)や「ヒゲとボイン」(1991年)や「すばらしい日々」(1993年)なども該当する。Bメロのアレンジはビートルズ「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」から、ウッ! ハッ! のコーラスはジンギスカンから(モーニング娘。よりも引用が早かった)と分かるが、楽曲全体を通じてはもはや何々調などと形容できない唯一無比のロックである。天才。
14. スターな男
■作詞:ABEDON 作曲:奥田民生
ボーカルは民生。ネオロカビリー調にのせて、素行の悪い旅暮らしを続けるロックンローラーを歌う。自虐込みの題材としてバンドにはよくあるが「平凡 無趣味 掃除好きの地味な女」が家で待っているといった生活感も加味するところは、ユニコーンならでは。終盤の『阿部 ⇨ 手島 ⇨ 民生』によるソロ合戦は、やはりビートルズの「ジ・エンド」を意識したものだろう。
バンドっていいな~仲間っていいな~を我々に充分思い知らせたところで、アルバムは堂々と完結を迎える。
2018.11.13
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