大雪と寒波に見舞われた2018年1月の東京は実家の秋田を思い出させたが、こういう極寒の真冬のBGMって何だろう? と考えたときに思いつくのがスザンヌ・ヴェガのデビューアルバム『街角の詩(Suzanne Vega)』だ。単純に冬に国内盤がリリースされたということや、冬を題材にした曲があるのも理由だが、このアルバムの空気も真冬のそれだ。
スザンヌ・ヴェガのことを知ったのは当時の音楽誌で、NYパンクの伝説、パティ・スミス・グループのギタリスト、レニー・ケイがデビュー作のプロデュースをしている点が大いに気になった。
“伝説” というと大げさに思われるかもしれないが、当時のパティ・スミスは引退状態で、自分のような後追い世代には間に合わなかったことが悔まれるアーティストだった。パティのアルバム『イースター』の背筋がピンと張ったサウンドにぶっ飛ばされた当時十代の自分が、スザンヌに期待するのも、無理からぬことだった。
1986年1月25日、待ちに待った国内盤がリリースされる。秋田のティーンエイジャーは待ちきれず、雪をかきわけてレコ屋に足を運び、発売日前日にフラゲした。で、聴いてみたらパンクどころか、フォークだった……
最初は “買って失敗した” と思ったが、ストーブの効きの悪い自室で繰り返して聴いているうちに、いろいろシミてくる。硬質のアコースティックギターと、やわらなかキーボードサウンドの融合。愚鈍な世の中と人間、自分を描写しつつも偏狭にならず、その気持ちをリスナーに共有させる表現の豊かさ。パティ・スミスの詞に通じるものがそこにはあった。
「私のハートは傷ついて~急速に冷凍されているかのよう / 日差しがまぶしい公園を歩きながら、私がこれからどうなるのか考えている」
とはアルバムの冒頭を飾る「クラッキング」の歌詞。天気のよい日に窓の外のツララが溶けるのを眺めながら聴いた、それはふんわりと暖かいサウンドでコーティングされていた。
目が覚めるような冷気と気持ちの良い日ざしの共存、もっと言えばナイフのような切れ味と人間性のぬくもりの融合…… 大げさな表現だが、このアルバムにはそれに近いものがある。冬は暗くて重い、それでも生きていく。今も聴き直すと、当時感じたそんな気持ちが甦ってくる。出会えて良かった、と心から思えるアルバムだ。
このアルバムの国内盤リリースから2か月チョイ後、自分は東京で独り暮らしを始めるが、ここでの最初の冬にもスザンヌ・ヴェガがらみのサプライズがあった。
弾き語りによる初来日公演決定の報。プロモーターはウドー音楽事務所。今はどうなのかは知らないが、当時は同社がプロモーターを務めるコンサートでは、新聞にその広告が載った朝から事務所脇でチケット販売の整理券が配られていて、整理番号が若いほど良い席が取れた。
早朝にその広告を見て、いてもたってもいられず飛び出して、整理券をもらうために、北風に吹きつけられて震えながら配布を待った。その甲斐あって、というか、当時はまだ人気がなかったので最前列の席を獲ることができた。そんな記憶も、このアルバムを冬のBGMにしている一因なのかもしれない。
1987年3月の初来日公演の後、スザンヌ・ヴェガはセカンドアルバムを発表し、「ルカ」 の大ヒットで一気にメジャーな存在となった。そして翌年、パティ・スミスは復活する。
冬が終われば、必ず春が来るのだ。
2018.02.02
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