40代になって気づいたことだが、自分は1980年代後半から90年代初頭にかけてのバブル景気を体感していない。 同世代の人と当時のことを話すと、ひと晩で10万円以上使って飲み歩いたとか、外車を買えたとか、景気のよい話がポンポン聞こえてくるが、そんな話が実体験となることはまったくなかった。いろんな意味でへそ曲がりだったから、バブルの神様にスルーされたのだろう。唯一恩恵というものがあるとすれば、学生時代のバイト経験時の出来事だ。 バブル景気を多くの人が体感し始めた1988年、大学3年だった自分は学生街にあるレンタル CD&ビデオ店で、週4日ほどのペースでバイトをしていた。ちょうどレコードから CD への移行期で、この店からもレコードは撤去され、フロアは CD 一色となり、若いお客さんがひっきりなし。バブル期の入り口だったし、売り上げはよかったのだろう。それを受け、ある日店長が「ウチに置いてない CD で、必要と思うものがあれば教えてほしい。取り寄せるから」というお達しが。 そこで自分が申し出たのがジュリアン・コープの出たばかりの新譜『マイ・ネーション・アンダーグラウンド』だ。本国イギリスで売れて日本でも彼をちょびっとだけメジャーにした『セイント・ジュリアン』が店にあるのに、新譜がないのはおかしいじゃないか!? 何より、ここは学生街だ。自分のような UK ロック好きの学生もきっといる。「ゴキブリは一匹いれば100匹いる」と言うじゃないか! とお客様には失礼極まりない無茶苦茶な論を展開して、店長を納得させ、かくして『マイ・ネーション・アンダーグラウンド』は店頭に並んだ。 が、入荷してひと月後、借りたのは3人。2か月後にやっと5人。“新入荷” のシールが剥がされた、そのあとのことは覚えていない。とにかく、入荷2か月の時点で赤字であることは、数字に弱いバカ学生でも理解できた。ちなみに、借りた5人のうちのひとりは、自分だ。 実はアルバム発売前、輸入盤で先行シングルの 「シャーロット・アン」を聴いていたのだが、前作のギターロックから一転してクラいこの曲に不安を覚えた。今度のアルバムは買うべきか、否か!? 貧乏学生には買える CD も限られているから、ならばバイト先で聴いてみよう… そんな気持ちが、先の店長へのアピールを後押しした。 聴いてみたら、ギターロックではないけれど、ソウルカバーの「5オクロック・ワールド」を筆頭に、かっこいい曲があるじゃないか! 最初はクラいと思った「シャーロット・アン」もジワジワとしみてくるし、タイトル曲も聴くほどにスケールの大きさを感じさせる。そんなわけで、自分も一枚購入した。 が、お店の周囲の学生たちは、食指が動かなかったようだ。そりゃそうだ、青白い顔をしたイケメンかどうも判別できない男の顔がブルーをバックに映っている陰気なジャケの CD を、バブルへまっしぐらの時代に、誰が聴きたいと思う? それから半年ほどして大学4年となりバイトを辞めたが、このアルバムはその後も聴き続けた。ちょうどその時期に来日公演もあり、観たのだが、アンコールの最後の最後に、マイクスタンドのエッジの部分で腹部を裂くという切腹パフォーマンスを披露。観ているこちらは、腹筋からしたたる血に衝撃を受けた。 とにかくジュリアン・コープは当時のバブルの空気とは確実に反対を行っていた。当時のバブルの空気を感じていない自分は、それに魅せられているうちに、道を外れたのかも… と思えなくもない。 社会人となって2年ほどでバブルは弾け、自分はフリーの身となった。それが四半世紀、浮いたり沈んだりしながら、なんとか食いつないでいる。ゴキブリはしぶといんだよ。
2018.09.02
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YouTube / Michael Harris
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