80年代のお金のない学生にとって、輸入盤レコードは割安だったので重宝した。そんな財政的側面の一方で、それ以外に当時はもうひとつ、輸入盤を買う楽しみがあった。“匂い” だ。 何度かここで書かせてもらったが、高校生の頃に過ごした秋田県の某田舎町では輸入盤を手に入れるのが極めて困難だった。秋田市まで行けば手に入らなくはないが、そのために交通費を使うのは出費が大きすぎる。音楽誌に載っている東京の輸入盤店の広告を眺めては、ため息をついた16歳、当時まだ輸入盤バージン。 そんな田舎にも、デパートのレコ屋の一角に、輸入盤コーナーが設置されるときがやってくる。コーナーと言っても棚一個分ほどで、枚数にして40~50枚といったところ。ほとんどは再発のカット盤で、欲しいと思うものはなかった。アメリカで売れ残り、東京や秋田市でも売れなかったものが、ここに流れてきたのではないかという気もしないでもないが、ロッド・スチュアートやリンゴ・スターの旧譜のジャケットを輸入盤で眺めるのは、田舎者には楽しいことだった。 そんなある日、そのコーナーにひょっこり新譜が紛れていた。デュラン・デュランのセカンドアルバム『リオ』。ラジオで聴いた二曲くらいしか知らなかったが、けっこう良かったし、何より輸入盤を買ってみたかった。国内盤より500円ほど安いことにも背中を押され、さらば輸入盤バージン。 家に帰り、まず気づいたのは、これが US 盤であること。イギリスのバンドだし、UK 盤で欲しかった… という田舎者にはぜいたくな不満を覚えつつ、真空パックのレコード取り出し口を慎重にカッターで切る。すると、独得としかいいようがない匂いが奥から漂ってきたのだ! 国内盤の塩化ビニールの匂いとは全然違う。何かを炙ったような、不思議な香ばしさ。“これがアメリカの匂いか!” と、むやみに高揚して、ジャケットをパフパフさせては匂いを感じた。 上京後はタワーレコードで US 盤をちょくちょく買うようになったが、真空パックを開けたときのあの匂いの喜びは変わらなかった。真空パック加工されておらず、なんとなく消毒液臭い UK 盤とは明らかに違う。自分がレコードジャンキーと化したのは、そんな若いころの “匂い体験” が一役買っているのではないか… と今でも思っている。 追記 デュラン・デュラン『リオ』のこの US 盤、実はソコソコ、レアであることを、ずっと後になって知った。 というのも、この盤が出たときはアメリカではほとんど売れず、後に数曲をリミックス・バージョンに差し替えて再プロモーションしたら「ハングリー・ライク・ザ・ウルフ」「リオ」「セイヴ・ア・プレイヤー」等の大ヒット曲が生まれ、彼らはアメリカでも人気者となった。 中古市場に出回っている US 盤の多くは、この大ヒットをもたらした再発盤で、オリジナルのUS盤を見ることは稀。あのときに買っておいてよかった。残り物には福がある… こともある。
2018.07.03
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