7月2日

松山千春の「長い夜」に魅せられた夜、日本全国のお茶の間をロック・オン! 

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松山千春の「長い夜」がザ・ベストテンで1位になった日
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photo:PONY CANYON  

誰でも、映画館で映画を観た時などに、感動のあまり放心状態になって、しばらくその場から動けなくなった… そんな精神状態を味わった経験はないだろうか。僕が、初めてそういう気分を味わったのは、おそらく子供の頃、松山千春がテレビで「長い夜」を歌った場面を初めて観た時だったと思う。

その「長い夜」から遡ること3年。実は、僕が松山千春の存在を知ったのは、1978年11月16日の事だった。ザ・ベストテンで「季節の中で」が1位になった日だ。

その前の週までは、世良公則&ツイストの「銃爪(ひきがね)」が10週連続で1位だったが、その1位がついに入れ替わったという驚きと、松山千春という歌手が、テレビの生放送で歌うのは「初」だという事件性はセンセーショナルで、当時6才だった僕が、その状況をどれだけ正確に理解できていたかわからないが、ブラウン管越しに、「これから何か凄い事が始まるぞ」と子供心に感じたことを、なんとなく覚えている。

この日、僕は母と一緒に固唾を飲んで、初めて見るテレビの中の松山千春を見守った。しかし、一向に歌が始まらない。気がつくと僕が初めて見た松山千春は、無人のステージ上でギターを抱えながら延々と何かを語り続けていた。

あれ? 僕が見ているこの番組は、本当にザ・ベストテンなのだろうか? 5分経っても6分経っても歌が始まらず、僕はあたかも、暗い樹海の中で道に迷ってしまったかのような不安な気持ちになったことを覚えている。そのせいか、放送後しばらくの間は、漆黒のステージ上に鎮座する彼の残像が僕の脳裏から離れず、夜も眠れなくなってしまった覚えがある。

そしてその後の数年間は、松山千春は、僕にとって、「時々ベストテンにランクインするけど、テレビでは歌わない人」という或る意味幻の存在となっていた。「恋」や「人生の空から」がランクインした時も、ベストテンで歌われることは無かった。

松山千春とブラウン管越しに再会を果たすことになるのは、「季節の中で」から3年近く経った、1981年夏、「長い夜」でのことだった。5月21日にベストテン入りするやいなやチャートを駆け上がり、6月11日、富山からの中継出演を経て、とうとう7月2日、それまで12週連続1位に君臨していた寺尾聡「ルビーの指環」を抜き去り、この、松山千春の「長い夜」が1位の座に輝いたのである。僕にとっての幻の歌手、松山千春が1位でベストテンに登場。この事だけで僕の胸は高鳴った。

3年前と同じ、コンサート会場からの出演(※1)。しかし、今回は3年前とはまったく様相が異なった。前回が「静」だとしたら、今回は「動」。前回の無観客だったステージからの中継とは打って変わって、超満員の客席で埋め尽くされた日比谷野音の、ツアー最終公演の映像が流れたのだ。

目に飛び込んできたのは、割れんばかりの黄色い声援、ステージ上に次々と投げ込まれる紙テープ。中継はおそらくアンコールの時間だったのだろうか。まさに熱狂のるつぼ。今では信じられないかもしれないが(失礼!)、最高に恰好いい松山千春の姿がそこにはあった。

ステージ上を縦横無尽に動き回り、ぴょんぴょん跳んだり、膝をくねくねしたり、この姿を松山千春の原風景として焼き付けている人も多いだろう。この中継では、興奮した客席からとにかく色々な物がステージ上に投げ込まれるのだが、特に有名なのが、テニスボールらしき物が投げ込まれるシーン。サビの部分を歌いながら余裕綽々で片手でキャッチし、それをヒールキックで客席に返す姿はマジで恰好よく、当時真似した人も多かった。

そして「誓~~う~~~」の部分の絞り出すようなシャウト。

ボーカルの圧倒的熱量だけでグワっと心を持っていかれ、テレビの中の客席から戻って来られなくなるような初めての経験。僕は、放送が終わった後も興奮のあまり、しばらく体が火照って眠れなくなってしまった。

この1981年7月2日は、最高に魅力的で、最強に魅惑的な松山千春というボーカリストが、日本全国数千万人のお茶の間をロック・オンした夜として末永く記憶されたい。

そう、あの日僕が観た松山千春の「長い夜」は、ニューミュージックを超越した、グラムロックのような煌めきをもって、幼少期の僕の記憶に刷り込まれた… そんな気がしている。

それにしても、3年間で2度も、いたいけな少年を眠れなくした松山千春という男は、まったくもって罪な野郎だ(笑)。


(※1)
■ 1978年11月16日「季節の中で」…旭川市民文化会館から生出演
■ 1981年7月2日「長い夜」…4日前に行われた日比谷野外音楽堂でのライブからVTR出演


2019.07.02
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カタリベ
1972年生まれ
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