1990年の夏合宿中の風呂場で、前年89年12月にリリースされた X(のちの X JAPAN)の名曲を涙ながらに口ずさみつつシャンプーをしている1人の部員がいた。
♪ エ~ンド、レス、レイ~ン
私が大学時代に所属していたクラブは競技スキー部であり、冬の合宿は結構真剣に取り組んでいたのだが、夏の合宿は基礎体力作りの為、単に肉体的にキツイだけで、そこそこダラけた合宿であった。
その為、社会人になって世の中の辛さに直面した社会人1年目の OB が後輩相手に憂さを晴らすべく遊びに来ることもままあったのである。
その OB が我々なのだが、こちらが現役時代に先輩から被った被害を心に秘め、「俺たちが OB になったら後輩をこんな目に合わせるのはやめよう」などと思っている人柄が良い人物は1人もいなく、むしろ創意工夫を持って新しい嫌がらせを喜々として考え抜いて夏合宿に挑んだ年であった。
「ちわっす!遠いところありがとうございます!」
合宿所の玄関で、心にもない挨拶をする後輩。
「おう、これ手土産」
そう言って日本酒、ウイスキー、焼酎など、社会人の財力を駆使して質より量の酒を差入れする我々。
「ありがとうございます!いただきます!」
良くできた後輩で、微塵も嫌な顔をせずに受け取る。
まだ入社半年も経っていないのに、「社会とは」など蕩々と説教する我々。それを5秒後には忘れている後輩。どっちもどっちの狐と狸であった。
夕食前に一風呂浴びようと狐と狸で大浴場に入る。そこに1人の部員が椅子に座ってシャンプーをしていた。リンスと一緒になっているオールインワンタイプ。薬師丸ひろ子が「チャン・リン・シャン」と CM していた最新のやつだ。
お湯の温度を調整してカランからシャワーに切り替えシャンプーを洗い流す。そろそろ流し終わったか、という頃合いを見計らって後ろからシャンプーを頭に掛ける。すると「あら不思議、そろそろ流し終わったと思ったのにまた泡立ち始めたわ!」となる。
これが今年の夏合宿に向けて我々が考えた嫌がらせの一つ「エンドレス・シャンプー」である。流しても流しても泡が立ち、シャワーから振ってくる滴(レイン)を止めることが出来ない。まさにエンドレス・レインであった。
4回目くらいで流石に切れそうな予感がしたのでやめておいた。
夕食後、宴会が始まるのだが、昨年は酔いつぶれて寝てしまうと顔にマジックでヒゲを書かれたり、眉毛をつなげられたりしたのだが、今年は寝るとパーマを掛ける趣向でパーマ液『ベネゼル』を用意してきた。
流石にそれは洒落にならないと後輩は必死で酔夢に打ち克とうとする。しかし、人類の栄枯盛衰の中で、お酒に勝った歴史はない。惰眠を貪る後輩に、容赦なくパーマを掛けまくる我々。
翌朝、髪の毛がパンクロック状態になっている後輩が、我々を見送りに合宿所の玄関に集まった。
「ありがとうございました。お帰りは気を付けて下さい」
「おう、それじゃみんな頑張って」
後輩達はこの恨みを来年晴らすのだろうなぁ…。
Endless Rain,
fall on my heart 心の傷に
Let me forget all of the hate,
all of the sadness
2019.08.30
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