あえて、“X世代の「紅白」ファンこそ、2022年の大晦日も楽しめる”
「知らない歌手ばかり」
「なぜ今、●●が出るの?」
「え、結局■■は出場しないのか……」
「これだったら、もう観ない」
―― 2022年11月に『第73回NHK紅白歌合戦』(以下『紅白』)の出場者が発表された際、SNS上では不満のコメントが多数飛び交っていた。ヒット曲を大衆が共有しなくなった現在は、それぞれの年代、それぞれの層に異なる傾向の不満がありそうだが、なかでも不満度が高いのはX世代(1965年頃〜1980年頃生まれ)の紅白ファンではないだろうか。この世代は、昭和歌謡と平成J-POPの両方を贅沢に体験していることに加え、そもそも、人口分布的に数が多いので声も大きいのである。
編集部より「“今年の紅白をどのように見れば楽しめるか?” といった内容を」というお題をいただいたので、あえて、“X世代の『紅白』ファンこそ、2022年の大晦日も楽しめる” というポジティブな逆説的提案をしたい。
今から40年前の1982年と2022年の『紅白』を比較
2022年の出場者に対して不満を持ったX世代の皆さんはよく考えて欲しい。今までの人生で『紅白』の出場者に大満足だったことなど一度でもあるだろうか? 子供の頃に観ていた昭和の『紅白』にもいろいろと不満に思っていたことがあっただろう。カギとなるのはそこだ。実は、“昭和の『紅白』不満あるある” を洗い出すことで意外な真実が見えてくる。前向きな気持になれる。
具体例として、今から40年前の1982年と2022年の『紅白』とを比較してみたい。
【昭和『紅白』不満あるある①】アイドル系出場者が少ない
1982年の『紅白』出場者で、ざっくりとアイドル系の文脈に含まれると考えられるのは下記のメンバーだった。
● 紅組:三原順子、河合奈保子、高田みづえ、松田聖子、榊原郁恵、桜田淳子、岩崎宏美
● 白組:シブがき隊、田原俊彦、近藤真彦、西城秀樹、郷ひろみ
「ざっくりとアイドル系の文脈に含まれると考えられる」と濁しまくった表現にしたのには訳がある。70年代にアイドル路線でデビューした高田みづえ、榊原郁恵、桜田淳子、岩崎宏美、西城秀樹、郷ひろみらは、すでにその路線からの転換を図っており、アイドル雑誌の表紙を飾るようなことはなくなっていたのだ。
つまり、“現役アイドル” といえる出場者は、三原順子、河合奈保子、松田聖子、シブがき隊、田原俊彦、近藤真彦のみ。松田聖子、河合奈保子に次ぐ存在だった柏原芳恵や、「少女A」「セカンド・ラブ」の連続ヒットで82年組のトップに躍り出た中森明菜の名前はない。「セーラー服と機関銃」を1982年度オリコン年間2位の大ヒット曲にした薬師丸ひろ子(当時は受験勉強のために休業中)も出なかった。
実はこの年の『紅白』には、薬師丸ひろ子の不在に対する不満をさらに増大させる出来事があった。ヒットから遠ざかっていた桜田淳子が縁もゆかりもない「セーラー服と機関銃」を代わりに歌ったのである。なお、同じような立場の榊原郁恵も、イルカが1976年にヒットさせた「なごり雪」を歌っている。果たして、それを誰が求めていたのか? また、当人たちの心情を思うとなんとも残酷な、屈辱的な扱いだといえる。
このように、1982年当時、『紅白』はアイドル系に厳しく、また、時代のニーズを捉えていない感は強烈だった。それに対して、40年後の『紅白』の現役アイドル枠の多さたるや……。「アイドル的な人気があり今も新譜をリリースしている」というシバリを設けてもこれだけいるのだ。
● 紅組: IVE、TWICE、NiziU、乃木坂46、Perfume、日向坂46、LESSERAFIM
● 白組:関ジャニ∞、KinKi Kids、King&Prince、JO1、SixTONES、SnowMan、なにわ男子、BE:FIRST
アイドルの解釈も広がったのも大きな要因だろうが、男女問わずアイドルだらけだ。一部に例外もあるが、NHKが先走りしすぎているほどに、時代のニーズをフォローしようとしているのは明確である。もし、薬師丸ひろ子が今の人気アイドルで、「セーラー服と機関銃」が2022年のヒット曲なら、NHKは特別出場枠を用意の上、薬師丸サイドの提示する条件を全部飲んで、なんとしても出場させただろう。
【昭和『紅白』不満あるある②】ニューミュージック系出場者が少ない
70~80年代にフォーク、ロック、今日は “シティポップ” とされるジャンルなどはいずれも “ニューミュージック” として扱われ、若者から圧倒的な支持を得ていた。しかし、その時代はミュージシャン側も出場に消極的であり、『紅白』も門戸を大きくは開かなかった。特に1982年はニューミュージック系(当時)の枠が少なかった年だ。
● 紅組:あみん、Sugar
● 白組:サザンオールスターズ
…… 以上である。中島みゆきの「悪女」、忌野清志郎+坂本龍一の「い・け・な・いルージュマジック」、一風堂の「すみれSeptember Love」、山下久美子の「赤道小町ドキッ」などのその年のヒット曲を聴くことはできず。来生たかおが「セーラー服と機関銃」の原曲である「夢の途中」を歌うこともなかった。出場を断られたケースもあるだろうが、山下達郎、松山千春、オフコース、松任谷由実、ナイアガラ・トライアングル、佐野元春らアルバムをヒットさせたミュージシャンも出演していない。
これに対し、40年後の『紅白』はまったく状況が異なる。80年代なら “ニューミュージック系” としてカテゴライズされたと考えられる出場者が多数。しかも、普段はテレビに出ないミュージシャンをスペシャル待遇で担ぎ出すことを近年の紅白は十八番としている。
● 紅組:あいみょん、Aimer、Superfly、SEKAI NO OWARI、MISIA、milet、milet×Aimer×幾田りら×Vaundy、緑黄色社会
● 白組:Official髭男dism、King Gnu、Saucy Dog、鈴木雅之、Vaundy、福山雅治、藤井風、星野源、ゆず
● 特別企画:安全地帯、桑田佳祐 feat. 佐野元春, 世良公則, Char, 野口五郎、THE LAST ROCKSTARS、backnumber、松任谷由実with荒井由実
2022年はとにかくものすごい特盛感である。NHKがニューミュージック系(当時)に歩み寄るどころか、自ら積極的にハグしているのだ。X世代が40年前に感じた物足りなさは確実に解消されている。そして、「Aimerってなんて読むの?」「Saucy Dogなんて聴いたことがない」という層を意識して、桑田佳祐と松任谷由実(荒井由実)の名前を並べ、まさかの佐野元春まで揃えている。1982年には考えられないことである。 土壇場で安全地帯もプラスした。
【昭和『紅白』不満あるある③】演歌系、ムード歌謡系が優遇されていた
ある時代までは演歌系、ムード歌謡系の歌手は一度、“紅白歌手” のグレードに達すると、新たなヒット曲の有無を問わずしばらくはそのポジションが維持される傾向があった。アイドル系やニューミュージック系(当時)への冷遇とは対称的な、そうした演歌系への優遇に不満を持っていた若年層は多かったのではないか。
1982年の『紅白』で、演歌系、ムード歌謡系に属するのは次の顔ぶれだ。
● 紅組:水前寺清子、ロス・インディオス&シルヴィア、青江三奈、島倉千代子、牧村三枝子、小柳ルミ子、川中美幸、森昌子、石川さゆり、小林幸子、八代亜紀、都はるみ
● 白組:三波春夫、菅原洋一、フランク永井、千昌夫、新沼謙治、山本譲二、内山田洋とクール・ファイブ、細川たかし、村田英雄、北島三郎、五木ひろし、森進一
具体名を挙げるのは避けるが、このなかには何年もヒット曲を出していないものの、何故か『紅白』に出続けている歌手が何組かいた。
当日の歌唱順にも注目したい。森昌子→細川たかし→石川さゆり→村田英雄→小林幸子→北島三郎→八代亜紀→五木ひろし→都はるみ→森進一と、番組終盤は演歌系が10連発。これを歓迎する小中学生はかなりの少数派だったと考えられる。
その一方で、2022年の『紅白』に、演歌系、ムード歌謡系の枠は驚くほど少ない。
● 紅組:石川さゆり、坂本冬美、天童よしみ、水森かおり
● 白組:純烈、三山ひろし、山内惠介、氷川きよし
氷川きよしはもはや演歌系には括れない存在だし、純烈は「白い雲のように」を含んだメドレーを歌う。三山ひろしは “けん玉枠” という扱いだろう。全体的に演歌の色が薄い。明らかな演歌排除が行われている。子供の頃は演歌が嫌で嫌で仕方なかった人でさえ、40年以上前から出場を続けている石川さゆり(83年は産休中で応援ゲスト扱い)の偉大さを再認識しつつ、「演歌、もうちょっとあってもいいかも」と思うレベルではないか。
2022年の『紅白』は、かつてX世代が望んだ『紅白』だ
冒頭で触れた「意外な真実」とはなにか? 上記をもう一度整理しよう。
1.アイドル系の出場者が多い
2.ニューミュージック系(当時)の出場者が多い
3.演歌系、ムード歌謡系歌手の優遇を撤廃
もうおわかりだろう。いつの間にか『紅白』は、かつてX世代の多くが望んでいた構造になっているのだ。これこそ、若き日に観たかった『紅白』の姿であるハズだ。
その感慨に浸れるのは自分たちの特権だと考えれば、知らないアイドル、曲を聴いたことのないミュージシャンに対する見方も変わってくる…… かもしれない。
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2022.12.31