昨年2016年公開の映画『湯を沸かすほどの熱い愛』で日本アカデミー賞、キネマ旬報ベスト・テン、東京スポーツ映画大賞等の(最優秀)主演女優賞を総なめにした宮沢りえ。イメージと異なる肝っ玉母さん役を見事演じ切り、もはや大女優の風格すら出てきた。
その宮沢りえが歌手として一度だけ紅白歌合戦に出場したことがある。1990年(平成2年)の第41回、歌うは「Game」。この曲はデヴィッド・ボウイとジョン・レノンの共演曲「Fame」(邦題:フェイム)のカヴァーだった。
それまで21時からの放送だった紅白は前年’89年から19時台からの2部制になった。その2部のトップバッターで宮沢りえが登場。しかし彼女がいたのはNHKホールではなく、港区芝浦のビルの屋上からの中継であった。
1部のトリでは長渕剛が前年壁の崩壊したドイツ・ベルリンから衛星中継で歌った。紅白で歌手が中継で歌うのはこの年が初めてだった。宮沢はバスタブの中で「Game」を歌い始めた。歌は口パク。手足が出ていて入浴しているのかと思ったが、後半、泡の様に見えていた綿らしきものを払い除け、キラキラ光るライトグリーンのボディコン姿で飛び出して来た。
寒空の中動き回れるのは17歳の若さ故か。ガラスにキスマークを残し、ヘリコプターからも撮影され、最後はナイアガラの花火まで登場。いかにもバブルらしい派手な演出だった。
「Game」はこの年の10月1日にリリースされた宮沢りえ3枚めのシングル。前年1989年に「ドリームラッシュ」で歌手デビューし続く「NO TITLIST」と2曲小室哲哉がプロデュースしていたが、3曲めにして変わった。
元曲の「Fame」は、1975年にデヴィッド・ボウイが『ヤング・アメリカンズ』からシングルカットし自身初の全米No.1に輝いたナンバーで、ボウイとジョン・レノン、そしてボウイのギタリスト、カルロス・アロマーの3人の共作であった。ボウイとレノンらしい、名声への悩みを綴った歌詞は、「Game」では17歳の女の子の恋愛ゲームに変わった。日本語詞は “I.toi” つまり糸井重里によるものだった。この曲は宮沢自身が主演したフジテレビ系ドラマ「いつも誰かと朝帰りッ」の主題歌となり、オリコン5位を記録している。
しかし宮沢はなぜ3曲めに敢えてこの15年前の曲を選んだのであろう。実はこの年の3月、「Fame」はリミックスされて「Fame’90」として再リリースされていた。この年旧盤がリイシューされ、ボウイはキャリアの集大成「サウンド+ヴィジョン」ツアーに出た。それに合わせて『チェンジズボウイ』というオールタイムベストもリリースし、「Fame’90」(邦題:フェイム’90)はここから先行シングルとしてカットされたのだった。「Game」は「Fame」ではなく「Fame’90」のカヴァーだったのではないだろうか。
更に1990年は「Fame」の共作者ジョン・レノンにとっても重要な年であった。生誕50周年にして没後10周年。4枚組ベスト『レノン』も発表され、リヴァプールや東京ドーム2デイズでトリビュート・コンサートも開催された。紅白でも宮沢の後にコーラスグループEVEが「イマジン」をカヴァーしている。レノンと親しかったボウイが、この年に合わせて「Fame」をリミックスさせたと考えても決して無理はあるまい。
つまり宮沢りえは1990年の大晦日に体を張って、結果的にボウイとレノンをトリビュートしたことになったのだ。しかし誰が当代売れっ子の宮沢りえとボウイ(&レノン)を組み合わせたのであろう。気になるところである。
『DAVID BOWIE is』では「Fame’90」のMVが流れる。これは元の「Fame」にMVが無いこともあるだろう。「Fame」についても直筆歌詞、楽譜、そしてレノンと共演した時の心情を綴ったボウイの日記1ページが展示されている。ボウイにとっては2曲の全米No.1の内の1曲(もう1曲は「レッツ・ダンス」)。厚い展示も当然のことだろう。
2017.03.13
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