中学を卒業してしばらく経って、なんとなく仲の良かった連中が数人集まった。その内の何故か三人が芸能コースがある有名私立校に通っていた。勿論、彼らは普通科の生徒なのだが同じクラスにアイドルがいるというのだから、話は聞かねばなるまい。
「伊代ちゃんのかわいさはマジでハンパねーンだよ!」
「芳恵ちゃんは?」
「キレーだよ。あがっちゃって、声もかけられないぐらいキレーだよ。」
「理恵ちゃんがまた性格が良くってさ~。」
「そうそう、ホント良い子。」
「なんていうのかな、やさしぃ~~~んだよ!」
伊代ちゃんとは御存知の通り、松本伊代である。芳恵ちゃんとは柏原芳恵である。そして、理恵ちゃんとは十代とは思えない落ち着いた演技力で大映ドラマなどで活躍していた比企理恵である。私がこの会話の中でわかったことは3つ。伊代ちゃんが超可愛くて、芳恵ちゃんが超綺麗で、理恵ちゃんが超優しいということだけ。そういう薄~い会話をありがた~く聞いている都立高通いの私。ただ、その会話の中に重要な情報が一つだけあった。それは…
「性格が良くってさ~。」
「ホント良い子。」
「やさしぃ~~~んだよ!」
アイドルが、綺麗・可愛いなんていうのは当たり前、ホントどうでも良い話だった。だが同じ学年の男子三人が揃って三段活用で理恵ちゃんの性格の良さを推す。(←ココ重要)そして彼女の気さくさについて熱く語り始めるのである。
♪アイツときたら初めてのデートなのに、アイドル歌手の話ばかりするのよ~。
シングル「恋のワナ・ワナ」は比企理恵の実像をとてもよく表していると思う。同曲で描かれるのは、シャイでなかなか「好きだよ」と言ってくれないクラスメイトの男の子にちょっと御冠(おかんむり)の少女。そんなどこにでもいるフツーの女の子だ。あの日、私は友人たちの話に耳を傾けながら、等身大のアイドルがいる教室の風景を頭に思い描いていた。そして、テレビに映し出された偶像ではなく、彼らが語るクラスメイト・理恵ちゃんという実像(リアル)がとても眩しく思えた。そう、あの場にいた “僕たち” は彼女にすっかり「ワナ・ワナ」しちゃっていたのである。
恋のワナ・ワナ / 比企理恵
作詞・作曲:森雪之丞
編曲:井上鑑
発売日:1980年(昭和55年)9月1日
2016.07.09
YouTube / Buggersaurus Rex
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