石川ひとみが歌い上げる女の情念 ― 過ぎた夏、恋は終わり、秋が燃える

日本の男性グループ系アイドルにハマらない青春を送ってきたと自負している。そんな私でも、たのきんトリオのフィーバーには飲み込まれた。「誰が一番好き？」と聞かれると、野村義男と即答したものだ。

そのヨッちゃんが出てるよ、と聞いて見始めたテレビが、東京12チャンネル（現・テレビ東京系）の『お化けのサンバ』である。

1980年秋、私は中学１年生だった。

「東長崎９丁目。昔ながらの佇まい。その一角にあるお化け屋敷。見かけはちょっとダサいけど、なんとびっくり！そこんちのお化けは本物なんだー！」

―― という石川ひとみのナレーションから始まる毎週木曜夜７時半からのバラエティ番組。ドラキュラとフランケン、狼男（笹野高史！）といったお化け？ に加え、ヨッちゃんに石川ひとみ、坂上二郎などが繰り広げるナンセンスコメディドラマで、ゲストでコロッケや片岡鶴太郎なども出演。BGM にジューシィ・フルーツがかかったりしていた。

そのエンディングテーマが、石川ひとみの「秋が燃える」だった。エンディング映像は、フランケンが竹下通りを歩いたり、ドラキュラがタケノコ族と踊ったりと、当時の原宿若者カルチャーを楽しく見せてくれるロケ。

しかし、そんなほのぼのムードを凌駕するほど「秋が燃える」は心に刺さった。12歳の私は、この曲で初めて女の情念を知ったと言ってもいい。ひと夏の刹那の恋から去っていこうとする男と、恋に縛られて悶え苦しむ女。「恋愛」や「憧れ」だけではない「情」の世界があるのだと。もはやヨッちゃんはどうでもよかった。


　編みかけの ブルーのセーター
　糸をひくと 愛がほどけて
　あなたの面影と もつれあうの
　逢いたい 逢えない 電話もこない

　Ah 強く目を閉じ 貝がらをわり
　私を変えてと 抱かれた海辺
　Ah あなたは 熱く灼けた素肌に
　私のすべてを 押しつけてくれた…

　ああ
　まだよ まだよ まだよ 好きなの
　まだよ まだよ まだよ 行かないで
　秋が燃える


“夏場からセーターを編む” という、女らしい女の心に芽生える悪魔。“プレゼントされる手編みのセーターは重い” という男側の心情はもはや通説だ。その糸をほどくほどの混乱が彼女を襲う。彼から連絡がない。逢えない。逢いたくて仕方がない。

「あなたの面影と もつれ合うの」これはずばり、自慰のことだと思う。

楽しかった夏へと思いをはせる。愛を交わした夏の海辺。忘れられない夜。それは女にとっては初めての体験ではなかったろうか。次第に深みにハマり、溺れ、もっともっととねだったところで恋は終わり、秋がやってくる。

「まだよ 行かないで」という何重にも掛けた言葉のエロス。過ぎた夏にがんじがらめのままの心。ありがちな刹那の恋を文学にしてしまう作詞家・岡田冨美子先生の力量。昏く鮮やかに燃え盛る胸の内。

さらに二番は「信じるつらさには 耐えられるけど 疑うつらさで ダメになりそう」と続き、“死” への渇望を匂わせる。タナトスか！

もうね、名曲すぎて胸をかきむしられるのよ。そして、聴くたびにまだまだ私はこの歌世界を理解できていないと思わされる。深い。

『お化けのサンバ』のエンディングはその後、石川ひとみの次のシングル「夢番地一丁目」（1981年１月21日発売）に引き継がれた。これがまた名曲で、「秋が燃える」の物語も一緒にこの曲に引き継がれたと私は思っている。

「あの頃は かえらない」と、終わった恋を切なく振り返り、情念の熾火をやっと冷まし、少し大人になった女の余裕が感じられる内容だから。勝手な想像だけど。

だが！そして！
その直後に大ヒットシングル「まちぶせ」（1981年４月21日発売）がやってくる。そう、男に付きまとう女の執念の集大成。


　もうすぐわたしきっと
　あなたをふりむかせる


女は次のターゲットを定めたのだ。
夢の続きが始まった。炎はまだ燃え尽きない。

いやはや、どうにも私の中でこの三作品は繋がっていて、連作だったと思えてならないのである。なんて、いくらでも語りたいけど、妄想はこのあたりでやめておく。
結論、女って怖い。でも女って可愛い。ニヤリ。


※2018年10月29日に掲載された記事をアップデート

2019.09.20