4月21日
カシオペアの輝き、鮮烈な眩しさを放つ「サンダー・ライブ」
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カシオペアのライブアルバム「THUNDER LIVE」がリリースされた日
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このグループを語らずして日本のフュージョンシーンを説明することはできない。

80年代に、いわゆる “16ビート” を日本で広めた立役者であり、今まで BGM という枠組みであったインストゥルメンタルという “歌のない音楽” を大衆化させたのは間違いなく CASIOPEA(カシオペア)だからだ。

カシオペアは1976年『East West ’76』に出場。翌77年も同大会に出場して優秀グループ賞を受賞、メジャーデビューの足掛かりをつかむ(公式では1977年に結成)。精力的なライブ活動(注1)を経て1979年5月25日にアルバム『CASIOPEA』でレコードデビューを果たす。

僕の個人的意見で恐縮だが、リーダーでギタリストの野呂一生を中心に櫻井哲夫(ベース)向谷実(キーボード)神保彰(ドラム)の4名でライブ録音されたアルバム『THUNDER LIVE』(80年)こそが、彼らを世界的なグループへと導いた奇跡の1枚だと断言したい(直前に脱退したドラムの佐々木隆さんが上手かっただけに異論はあるだろうけど)。

まず特筆すべきは彼らの若さである。

驚くなかれ、この1980年当時メンバーはまだ22歳前後で、ドラムの神保彰に至ってはまだ慶応大学在学中の3年生である。当時カシオペアはメジャー活動を始めていたけれど、その時点でドラムの佐々木隆の脱退が決まっていて次期ドラマーを探していた。そんな折、櫻井哲夫の大学の後輩である神保彰に白羽の矢が立ったのだ。

神保は、慶応大学ライト・ミュージック・ソサエティー(ビッグバンド)のドラマーで、まだプロ経験こそなかったが、その卓越したテクニックに感銘した櫻井がメンバーやスタッフに推薦。そして、彼らはその実力に驚愕… なんと総出で口説き落としたという。

続く3rdアルバム『MAKE UP CITY』(80年)のライナーノーツにも記されているが、音楽雑誌『ADLiB(アドリブ)』の人気企画、ブラインド・フォールド・テスト(注2)で、カシオペアの『THUNDER LIVE』を聴いた世界で活躍するスタジオミュージシャンたちのコメントは驚くものばかりだ…

「ハイ・エネルギーだね。皆、いいプレイヤー達だよ。テクニックもいい」

「サウンドがこのグループ独特のものだったような気がする」

「いつも一緒にやっているって感じのバンドの音だ」

そして挙句「彼らがL.A.に来たら大変だよ」と言うミュージシャンも。そう、スティーヴ・ガッド、ハーヴィー・メイソンという神保憧れのドラマーや、マーカス・ミラー、スティーヴ・ルカサーなど錚々たるミュージシャンが大絶賛なのだ。

改めてこの『THUNDER LIVE』を聴く――

―― まだまだ荒々しくて無駄な音がいっぱいあるけれど、粗削りな印象の中に光る輝きは尋常でなく、そればかりかエネルギッシュな魅力に満ち溢れている。

若い。とにかく若い。その若さがLIVE特有の鮮烈な眩しさそのものなのだ。

そして、彼らの凄いところはその演奏と楽曲の完成度。この若さで「日本のテクニック集団」と世間に言わしめた16ビートの “キメ” や、メンバー全員で合わせる高速ユニゾン、多彩なリズムアレンジであってもミスタッチは皆無であり、なによりも POP で明るい曲調が、当時「クロスオーバー」と言われたジャズとロックの融合を、こんなにも身近にしてくれたのだ。これは本当に偉業であり、カシオペアが日本、あるいは世界のミュージックシーンにおいて、ひとつの文化を創りあげたと言っても過言ではないだろう。

『THUNDER LIVE』から1曲を選ぶなんてできないけれど、今回はアルバム1曲目の「スペース・ロード」を推してみたいと思う。初期カシオペアを知ってもらう名曲だ。

まず長いイントロが宇宙を感じさせる…

そう、インストものでありながらタイトルと曲の印象がマッチするのもカシオペアの特徴であろう。その後、高速ユニゾン(全員が同じメロディを弾く)からシンプルなメロディーへ。

何の変哲もないメロディー(失礼)だけれど、何かを予感させる、気分があがってくる感じが堪らなく好きなんだよね。そこからの宇宙アレンジ!―― バイオリン奏法というギターの音の出し方で、ギターの弦をピッキングすると同時に右手の小指でボリュームの ON・OFF をコントロールしてフワフワとした音色を演出。ボリュームペダルを使えば簡単なのに、こういうこだわりがまた若さなのかもしれない。

メロディアスでありながら超絶速弾きの野呂一生のギター、向谷実が繰り出す Fender Rhodes(ローズピアノ)のセンス溢れるバッキング、櫻井哲夫のスラップ奏法(当時はチョッパー奏法と呼ばれていた)と卓越した指弾き。それに呼応するかのような神保彰の16ビート超絶キメキメなドラム… 本当、最高だ。

さて、カシオペアはその後も次々とアルバムをリリースして、僕が選ぶカシオペアの最高アルバム『MINT JAMS』(82年)に繋がってゆくのだけれど、今回の話はここまで。

次回は後編として『MINT JAMS』について… ぜひ期待して欲しい。


オマケに…

カシオペアと言えば、キーボードの向谷実(最近では『タモリ倶楽部』に出演する鉄道オタクと認識されているかもしれない)のトークが面白く、その面白さは、さだまさしや根本要(スターダスト・レビュー)と肩を並べるほど。

僕は、カシオペアがゲストに呼ばれた大宮ステーションビルWe(現在はルミネ2)の開業イベントライブ(注3)を間近で観ることができたけれど、その時は次のアルバムに収録する予定のまだタイトルが決まってない曲に「仮の題名で『大宮の夜』にします!」とか言って、しっかり笑いを取っていたのを思いだす。懐かしいなあ…


注1:East West は、ヤマハ東京支店主催の音楽コンテスト。カシオペアと同じ1977年大会でベストボーカリスト賞を受賞した桑田佳祐のサザンオールスターズと合同で、カシオペアはよく LIVE やイベントをしたという。

注2:音楽雑誌『ADLiB』の連載企画。来日する著名ミュージシャンに、先入観を排除するためアーティストの名前やプロフィールを伏せたまま、日本人ミュージシャンの作品を音だけ聴かせて率直な評論を訊く人気コーナー。

注3:1982年、東北新幹線暫定始発駅として大宮駅が生まれ変わるのを機に、駅ビルの改築も進んでいた。同年6月19日の新幹線開通に先立つこと4日、大宮ステーションビルWeは開業。そのオープニングイベントとして、ビル4Fのラウンジスペースでライブが行われた。カシオペア、スクエア、本多俊之グループ、ジョージ川口グループなど、ジャズ・フュージョン界から多数のゲストが呼ばれて賑わった。


2018.06.15
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  YouTube / shigeruex7
 

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カタリベ
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