11月12日

解放と抑圧のヴィジョン、映画「1984」とユーリズミックス

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photo:FANART.TV  

最近、TSUTAYA発掘良品に入った映画にマイケル・ラドフォード監督の『1984』がある。

原作は言わずもがな、管理社会の恐怖を描いたジョージ・オーウェルの近未来SF小説だが、ロックファンなら84年リリースのヴァン・ヘイレン『1984』(※直接の影響はない)、あるいはオーウェルの小説からコンセプトを頂いたデヴィッド・ボウイ『ダイアモンドの犬(Diamond Dogs)』やリック・ウェイクマン『デカダンス1984(1984)』あたりを自然と連想するかもしれない。

他にもいろいろあるが、とにかくそれぐらいロックミュージックの世界にも影響を与えた作品ということだ。

1984年に合わせて公開されたこの映画版では、『ブレードランナー2049』が記憶に新しい名匠ロジャー・ディーキンスが撮影を担当していて、灰色に閉ざされた息苦しい全体主義社会を重厚に映し取っている。翌年の1985年公開のテリー・ギリアム『未来世紀ブラジル』とは不思議なほどにテーマ的な類似を感じさせ、また戦争中の「オセアニア」のシンボルマークである魔の紋章「V」(Victoryの頭文字)は、のちに第三次世界大戦後の全体主義国家を描いた映画『Vフォー・ヴェンデッタ』に登場する謎のヒーロー「V」の正義の紋章として反転・継承されたりもした。

さて、では音楽担当は誰かというとあのユーリズミックスなのである。

しかしこれが曰く付きで、監督のラドフォードは彼らの音楽が気に入らなかったので、自身のオーケストラによる別ヴァージョンを録音したほどだ。それゆえ映画を見ていてまともに流れる(記憶に残る?)ユーリズミックスの曲と言えば、主人公ウィンストン・スミスの逢瀬の相手「ジュリア」の名を冠した最後の曲ぐらいとなっている。

共通の青い作業着に縛められた全体主義社会の中だからこそ、ジュリアの放恣な裸体が眩しい。陰毛を隠すことなく、恋人のためにせっせと朝のコーヒーを淹れる彼女の肉体からはエロティシズムが沸き立っている。その刹那的な肉の輝きを写し取ったようなこの楽曲は、実に物憂げな官能を湛えている。

なんとなく、僕はこのジュリアに『ブレードランナー』の人造美女レイチェルの姿を重ねてしまう。それというのも『1984』には、暗い廊下の先の「101号室」の扉を開くと、緑あふれる丘が突如広がっているという象徴的な幻想風景シーンがあるからで、SF的なテクノスケープの先に広がる自然という光景は、『ブレードランナー』の有名なラストでも同様に見られた解放のヴィジョンだ。しかし、レイチェルを連れ出して一応「外」の世界へ逃げおおせたデッカードと違い、ウィンストン・スミスの自由への扉は閉ざされる。

「セックス・クライム」に問われた主人公スミスは、「思想警察」の拷問によって「二重思考」を強制され、国家への隷属を余儀なくされるのだから――「101号室」とは、実のところ解放のヴィジョンでも何でもなくて、「愛情省」による拷問が行われた恐怖の部屋なのだ。(※注1)

ところでウィンストンは秘密の日記に、「2+2=4と言えるのが自由だ」と書きつけた。しかし統治の象徴である「ビッグ・ブラザー」にとっては「2+2=5」(※注2)なのであり、人民はこれに反感を覚えつつも同意する「二重思考」が要求される。まったくもってナンセンスだが、果たして現代の僕らがこの抑圧的な「二重思考」から解放されているかというと、怪しい。

そういえば、トランプ政権下、サンフランシスコに旅行へ行った僕の友人に、とっておきの面白い(あるいはとことん面白くない)話があった。

とある書店で、彼はオーウェルの『1984』を見つけ、手に取ったのだが、目敏い店主がこう言ったのだという。

「……この国はいまだ『1984』のままさ」

ファシズムが消えても、人間の「ファシズムへの意志」が消えることはない。そのことを忘れないためにも、今こそこの映画を見るべきなのではないか。



※注1:この段落のカギ括弧「」はすべて『1984』独特の用語法で、ユーリズミックスの曲名にもなっています。

※注2:レディオヘッドの「2+2=5」という曲は『1984』の影響を受けている。


2018.02.14
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カタリベ
1988年生まれ
後藤護
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