11月12日

マドンナ「ライク・ア・ヴァージン」とレベッカ NOKKO がコピーした “揺るぎなさ”

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マドンナのアルバム「ライク・ア・ヴァージン」が米国でリリースされた日
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マドンナも“花のアイドル82年組”


先日、原稿を書く際にマドンナの年齢を調べたら、64歳と知って驚いた。私の中でマドンナは「年齢が止まってる人」(時空を超えた人、とも言う)のカテゴリーに入っているので、ずっと30代くらいのイメージなんだよなー。生前のマイケル・ジャクソンもそうだったけど。

で、よく考えたら彼女、今年でデビュー40周年だったりして。米国では1982年10月にシングル『エヴリバディ』で歌手デビュー。つまり、中森明菜・小泉今日子ら「花のアイドル’82年組」と “同期” ということになる。そうかそうか。なんか歴史を感じてしまう。

40周年ってことは、引き算すると、デビュー時マドンナは24歳だったわけだ。けっこう遅いデビューだったのね。彼女が歌う映像を最初に観たのは、たしか小林克也氏の『ベストヒットUSA』だった。「ホリディ」だったかな。正直に言うと「可愛い」とも「美人」とも思わなくて「うぉ、エロい!」と思った。顔立ちがなんとも妖艶なのだ。まるでモンローみたいだなと。



最初から最後まで踊りまくり!「ライク・ア・ヴァージン」


あと思ったのは「このヒト、ずっと踊ってるなー」。そのとき観た「ホリディ」のMVで、マドンナは男性ダンサー2人を後ろに従え、最初から最後まで一切動きを止めることなく踊っていた。それは別に珍しいことじゃないけれど「これがボクの仕事です」みたいなマイケルと比べると、マドンナは「アタシ、踊りたいから踊ってるの」って感じがしたのだ。なんてフリーダム!

で、そうこうしてるうちに時は流れて1984年になった。当時、国内の音楽状況はというと、チェッカーズと中森明菜の全盛期。もちろん松田聖子もいて、安全地帯も大人気だった。あとは「シティ・ポップ」勢ね(その頃は、そんなくくりはなかった気がするけど)。

そんな1984年11月に発売されたマドンナの新曲が「ライク・ア・ヴァージン」だった。これも初見はMVだ。ベネツィアの運河でゴンドラに乗って歌ったり、ウエディングドレスを着てライオンと共演したり、全然脈略がないけれど、とにかくカネかけてます、という感じで、これも最初から最後まで踊りまくりだ。



女性史を変えたマドンナの呼びかけ


彼女の出世作であり、代表作になったこの曲は、セカンドアルバム『ライク・ア・ヴァージン』から先行シングルカットされた表題曲で、ナイル・ロジャースがプロデュース。彼のバンド “シック” が全面的にサポートを務め、ロジャースはギターも弾いている。マドンナが目指すダンスポップを完成させる上で、ロジャースは良き指南役になった。




このアルバムからの第2弾シングルが「マテリアル・ガール」で、こちらも大ヒット。MVではやはり、イケメンどもに体をたらい回しにされながら、マドンナはずっと踊っている。

この「つねに踊っている」というのが重要で、後白河法皇風に言うと「踊りをせんとや生まれけむ」なんだな、マドンナというヒトは。「踊るマドンナの声聴けば 我が身さへこそゆるがるれ」で、聴いている側も自然と踊りたくなってくる。だってフリーダムなんだもん。

結果、「私もあんなふうに、好きな服着て、好きなこと歌って、好きなように踊ってみたい」…… マドンナみたいになりたい「ウォナビーズ」の女の子たちが世界中に生まれた。露出度の高い衣裳で、腰クネクネさせて、男に媚び売って、何なのアンタは? とフェミニストたちに罵倒されようと、我が道を行ったマドンナ。

「別に媚びてるんじゃなくて、アタシは“女性であること”をもっと誇りたいの。さあ、踊りなさいよ、みんなも!」

…… マドンナの呼びかけは革命であり、女性史を変えた。


レベッカNOKKOにも影響を与えた “音楽とダンスと生き様の一体化”


日本で、このマドンナの呼び掛けにいち早く反応して、好きなように歌い、好きなように踊ってみせた一人が、レベッカのNOKKOだった。当時から「マドンナLOVE」を公言していた彼女。「ラブ イズ Cash」の「マテリアル・ガール」ぶりはそのマンマで、そこはご愛嬌だけれど、NOKKOがコピーしたのは曲だけじゃなく、マドンナの「揺るぎなさ」だった。自分がやりたいことやって、何が悪いのョ…… と。そういやNOKKOもつねに踊っていた。

以後マドンナは、そのとき旬な先鋭的ミュージシャンやプロデューサーと組み、やりたいことをやり、音楽的にも高い評価を得ていくが、いつの時代もマドンナは踊り続けている。あらためてマドンナのステージやMVの映像を見返してみて思うのは、ダンスは彼女の生き様を表現するためのもので、この「音楽とダンスと生き様の一体化」が「マドンナ革命」のキモの部分なのだ。

思想抜き、生き様抜きで、マドンナの上っ面だけなぞった劣化コピーも当時たくさん出たし、そんなのはすぐに淘汰されていったけれど、一方で、自分の才能を信じ、我が道を行く優れた女性アーティストたちもどんどん世に現れるようになった。それは音楽界に限らず、だけど。



女性が女性に歌ってるのかも


そういえば、椎名林檎を最初に観たとき、ホクロもあるけど、ついマドンナを連想してしまった。踊ってないのにそう思ったのは、強烈な自己主張が顔に出ていたからだ。椎名林檎が世に出たのはマドンナより15年ほど後になるけれど、80年代にマドンナが蒔いた種は果実となって確実に実った。マドンナや椎名林檎を見ていると、女性であることは “才能” の一つなんだなと思う。

 But you made me feel
 Yeah, you made me feel shiny and new
 Like a virgin
 Touched for the very first time

 でもあなたは感じさせてくれた
 そう、キラキラ輝く新しい日々を
 まるでヴァージンみたいな気分ね
 初めて触られたときみたい
 (拙訳)

「ライク・ア・ヴァージン」のこの箇所って、マドンナに出逢って感化された女性たちが感じたことじゃないだろうか。もしかするとこの曲って、女性が男性に対して歌ってるんじゃなく、女性が女性に歌ってる曲なのかもしれない。

80年代前半には、シンディ・ローパーという別の才能も登場したけれど、そういや「ライク・ア・ヴァージン」を書いたビリー・スタインバーグとトム・ケリーって、シンディに名曲「トゥルー・カラーズ」を書いていたり。やっぱりつながっているんだなぁ。

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2022.11.12
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カタリベ
1967年生まれ
チャッピー加藤
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