史上、最も書店で手に取るのを躊躇するタイトルの漫画ではないだろうか。上條淳士『SEX』の話である。 驚かされる題名とは違って、「一般的な意味での」性的描写はない。これは、乾いた風景と登場人物が織り成す、ロードムービーのような物語だ。 「マンガをカッコよくしたのはこの人です」と大友克洋が評したように、『週刊少年サンデー』で連載された前作『TO-Y』の中で、上條淳士の描く線は次第に流麗さを極めてゆく。 人気絶頂であえて『TO-Y』の幕を引き、1988年、青年誌である『ヤングサンデー』に上條が放ったのが『SEX』だ。ちょうど大学生になったばかりの僕は、2つの点で驚いた。 まず第一に、こんな画集のような漫画は見たことがない。画だけではない。すべてが断片的だ。説明されないキャラクターの設定、語りすぎない台詞。正直、僕には筋を説明しろといわれてもできない。 そして第二に、この物語の主役、“ユキ” と “ナツ” が、あるバンドの2人を強烈に彷彿とさせる点だ。 思い起こさせるといっても、それは『TO-Y』の「哀川陽司」のように、明らかに誰かをモデルにカリカチュアライズしたキャラクターではない。あくまで「インスパイアされて」生まれたキャラクターだ。 その2人とは、THE STREET SLIDERSのHARRYと蘭丸である。 上條はのちに、HARRYとの対談で語っている。 「この眼だ。この眼にやられて “ユキ” というキャラクターは生まれた」 1980年に結成され、横田などの米軍キャンプでライブを重ね、米兵たちに「リトル・ストーンズ」と呼ばれたTHE STREET SLIDERSは、83年にEPICソニーからデビューする。 孤高のバンド。本物のロックンロール。ルーズ。タイト。ブルージー。ブギー。…スライダーズを形容する表現はキリがない。 2nd『がんじがらめ』4th『夢遊病』5th『天使たち』と名盤だらけの彼らだが、僕が最高傑作だと思うのは1984年のサード・アルバム『JAG OUT』だ。 一曲目、『TOKYO JUNK』でまずやられる。アルバムの冒頭、いきなりギターアンプの「ブツッ」というノイズが入っている。それも「削れよ(笑)」みたいな音がわざわざ残っていて、いきなりのロックぶりに頭をぶん殴られた気がした。 右のスピーカーからHARRYのギター、左からは蘭丸のギターが聴こえる。蘭丸は全編リードギター的に弾いていて、ベースのJAMESでさえメロディライン的なものを弾く。サウンドはどこまでもうねっているが、ZUZUが正確無比なドラムで背骨を支え、HARRYの歌詞は日本語の情緒に決して絡め取られず、乾いている。 メンバーは解散するまで20年間不変だった。 基地で米兵相手に鍛え抜かれた音楽は、ある意味、「日本人がロックを演奏する矛盾」、とか「日本語でロックを歌う葛藤」といったものを、最初から突き破っていたように思う。 もはや「日本人離れしている」とか「ローリング・ストーンズ的だ」とかいう言い方すら意味がない。そんな境界線は越えてしまっていたのだ。 話を『SEX』に戻そう。 「沖縄で 夏だった」 ロードムービーは、この言葉から開闢する。 物語は、米軍基地の街・沖縄にやってきた少女・カホが、少年・ナツを捜すところから始まる。だが、カホが出会ったのは、ユキという男だった。 やがて3人の運命は交差し、舞台はまたもや基地の街、福生に移る。 これは「金網」の物語だ。 劇中にも幾度となく現れる、どこまでも続く基地の金網<フェンス>… それは日本という国を分断するものであり、誰もが持つ心の中の境界線であり、人間の行動を縛る障害物であり、男女の間を隔てる壁でもある。 人は、「金網」を越えられるか? 物理的な、そして心の中の境界線を越えられるか? 自由に生きる覚悟を持てるか? 物語は問いかけてくる。 まるで始まりのようなラスト。ユキ、ナツ、カホの3人は、オープンカーで走り去る。その道は、スライダーズがその音で越えた、あの金網の向こうへ続いている。
2017.03.26
VIDEO
YouTube / ridersjoint さんのチャンネル
Information