ジョン・レノンというと平成生まれの方はどのようなイメージを持たれるだろうか。やはり「イマジン」に代表される “平和と愛” であろうか。
少なくとも80年代までは「詩はレノン、曲はマッカートニー」といった随分乱暴な分類を耳にすることが多かった。ジョンはとかく詩で語られる。稀代のメロディーメイカー、ポールにとって最大のライバルであったのに。
そこで今回はジョンの、シングルにはなっていない隠れた名バラード10曲を選んでみた。題して、“平成生まれに味わって欲しいジョン・レノンの美メロ10選” である。10曲中8曲が、昨年2020年にリリースされたジョンの愛息ショーン・レノンによるリミックス・ベスト盤『ギミ・サム・トゥルース.』に収められた曲と重なった。世評とは異なりジョンのソロ中期を評価するショーンは昭和50年(1975年)生まれではあるが、平成に近い世代ということで、その選曲、並びにリミックスのセンスは必ずや平成生まれの方にも刺さるはずだ。この8曲はオリジナルではなく、是非ショーンのリミックスの方で聴いて頂きたい。
第10位:ワン・デイ(One Day(At a Time))(1973年 アルバム「マインド・ゲームス」)
『マインド・ゲームス』はソロデビュー以来一心同体だったヨーコ・オノと初めて距離を置いて作ったアルバムである。それ故かこのアルバムに収められているバラードはどれも切実さ、説得力に満ちている。
同じアルバムの「ユー・アー・ヒア」とこの曲で迷ったが、決め手はジョンの親友エルトン・ジョンがこの曲をカヴァーしていること。エルトンは地声で歌っているが、ジョンはファルセットで歌っている。洗練されたメロディは都会的とさえ呼べそうだ。
第9位:果てしなき愛(ブレッス・ユー)(1974年 アルバム「心の壁、愛の橋(WALLS AND BRIDGES)」)
ヨーコと別居したジョンはロサンゼルスに飛び、独身に戻ったと乱痴気騒ぎをする “失われた週末” の日々を送る。その最中に作られたのが『心の壁、愛の橋』である。追いつめられた故か曲はいよいよ説得力を増し、このアルバムは見事ジョン2枚めの全米No.1となった。
晩年のジョンは、この名バラードをテンポアップしたのがローリング・ストーンズの「ミス・ユー」だと主張していた。真偽の程は、『ギミ・サム・トゥルース.』でのリミックスで確かめて頂きたい。
第8位:孤独(Isolation)(1970年 アルバム「ジョンの魂(JOHN LENNON / PLASTIC ONO BAND)」)
ロックの金字塔の1枚とも称される、ジョンの本格的ソロデビューアルバムであり衝撃作の『ジョンたま』。アナログA面を締めくくるこの曲は、ジュリアンとショーンというジョンの2人の息子が揃ってお気に入りに挙げる。こちらも『ギミ・サム・トゥルース.』でのリミックスで、その寂寞たる孤独感に触れて頂きたい。ヴォーカルが左右に分かれて絶唱する中間部が出色。昨年、ジェフ・ベックとジョニー・デップもカヴァーしている。
第7位:アンジェラ(1972年 アルバム「サムタイム・イン・ニューヨーク・シティ」)
1972年にヨーコとの共同名義でリリースされた、政治的主張を前面に出したゴリゴリのこのアルバムはアメリカで最高48位と前作『イマジン』の1位から “撃沈” した。
有色である女性活動家アンジェラ・デイヴィスの釈放を訴えた、ジョンとヨーコの共作且つデュエットのこの曲は、サビは結構激しいけれど、アルバムの中では落ち着いている方。そのドラマティックな展開には心動かされてしまう。この曲は『ギミ・サム・トゥルース.』で初めてベスト盤に収められた。その選曲といい、洗練されたリミックスといい、ショーンのセンスに思わず口元が緩む。
第6位:ラヴ(1970年 アルバム「ジョンの魂」)
初めて聴いた時、知っていた曲だったので驚いた。1971年に「ミスター・ロンリー」のヒットでもお馴染みのコーラストリオ、ザ・レターメンのカヴァーがオリコンで最高19位と、日本で大ヒットしたからであろう。意外や英米では、ジョンが亡くなるまでシングルカットされていない。故にこの大名曲は、意外とベスト盤からこぼれている。
松尾芭蕉にインスパイアされたというシンプルな歌詞も心憎いほど巧みだが、図抜けて美しいメロディは英語が分からなくても虜になる。ヨーコも1990年にカヴァーし、桑田佳祐もお気に入りで、志村正彦存命時のフジファブリックもカヴァーした。『ギミ・サム・トゥルース.』にリミックスが収められている。
第5位:グロウ・オールド・ウィズ・ミー(1984年 アルバム「ミルク・アンド・ハニー」)
この未完の名曲については2回にわたって書いた別稿に譲る。リンゴ・スターのカヴァーによって一応の完成を見たと思われたが、『ギミ・サム・トゥルース.』でショーンが新たなヴァージョンを提示している。冒頭のジョンのヴォーカルも一部異なり、その後はジョージ・マーティンによるストリングスが加えられたヴァージョンをリミックスし、ジョンのデモをより前面に出しているようだ。
第4位:アイ・ノウ(I Know(I Know))(1973年 アルバム「マインド・ゲームス」)
このアルバムからランクインした2曲めの名バラード。離れつつあるヨーコに詫び、改めて愛を誓う歌詞もいじらしいが、繰り返されるサビが曲を一層ドラマティックなものにしている。『ギミ・サム・トゥルース.』でショーンが洗練されたリミックスを施している。
第3位:オー・マイ・ラヴ(1971年 アルバム「イマジン」)
愛の喜びをシンプルな歌詞とアレンジで歌った小品。同じアルバムの名曲「ジェラス・ガイ」でも聴ける名手ニッキー・ホプキンスのピアノは唯一無二とも言えるタッチで、美しいメロディを一際引き立てる。その純粋さから、僕はジョンのラヴソングでこの曲が一番好きかもしれない。タイトルからして6位の「ラヴ」と共通する部分も多々感じられる1曲で、『ギミ・サム・トゥルース.』にリミックスが収められている。
第2位:愛の不毛(Nobody Loves You(When You’re Down and Out)(1974年 アルバム「心の壁、愛の橋」)
タイトルはエリック・クラプトンもカヴァーし『アンプラグド』にも収めたブルースのスタンダード「Nobody Knows You When You’re Down and Out」に由来しているであろう。“失われた週末” を過ごす自らへの憐憫を歌った曲。ストリングスやホーンを交えた重厚なアレンジで、ジョンはフランク・シナトラがカヴァーすることを想定していたらしい。しかし中間部でのジョンの切々たる絶唱は、シナトラには成し得なかったであろう。一世一代とも言えるほどの名唱であるが、同時に痛々しい。
『ギミ・サム・トゥルース.』に収められなかったのはそのヘヴィーさ故か。流れるようなメロディの美しいこの名曲が、ショーンのリミックスでいかに整理されたか、聴きたかったところではある。
第1位:アウト・ザ・ブルー(1973年 アルバム「マインド・ゲームス」)
1位と2位は早くから決まっていた。タイトルは “突然” の意味。突然現れたヨーコへの愛への驚き、喜びを率直に歌っている。制作時二人が離れつつあったことを考えると、たまらなく切ない。
歌詞もメロディも劇的なこの曲にも、『ギミ・サム・トゥルース.』でショーンが新たな生命を与えた。メリハリがはっきりとし、間奏はオリジナルを凌ぐドラマティックなものになり、初めて聴いた時僕は目頭を熱くしてしまった。
全米で最高9位に留まり、世評もさほど高くない『マインド・ゲームス』を、ショーンは音楽的充実度が高いとお気に入りに挙げていた。『ギミ・サム・トゥルース.』ではこのアルバムからタイトル曲を含め3曲が、いずれも素晴らしいリミックスが施されているが、ショーンのお気に入りであることと決して無関係ではないだろう。全てこのリミックスで聴くべし、と言いたい。
―― 以上、10曲中7曲がやはりラヴソングとなった。しかし幸せな状況でのラヴソングが存外少ない。これもまたジョン・レノンらしさであり、恐らくはそれが故に一層胸を打つのではないだろうか。
どうか虚心坦懐にジョン・レノンの美メロ10曲に一度向き合って頂きたい。40年前、高1の僕があっという間に夢中になってしまったのも、何よりこの美メロだったのだ。
▶ ジョン・レノンのコラム一覧はこちら!
2021.12.08