3月19日

ストリート・スライダーズと映画「夜をぶっ飛ばせ」そしてロック喫茶の蘭丸

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スライダーズが音楽を担当、映画「BLOW THE NIGHT!夜をぶっとばせ」


あれは確か1982年。エキストラで参加した『爆裂都市 BURST CITY』(詳しくは、爆裂都市から飛び出したバトル・ロッカーズ、脊髄反射の「セル・ナンバー8」を参照)の時の知り合いから「ロック映画のエキストラを探してるから、また来ない?」と誘われた。たまたま休みだったので二つ返事でOKし、ロケ地の新宿ACBというライブハウスに向かう。

当日の説明で、不良女子中学生の映画だということが判明。そのライブハウスのシーンを1日で撮影するとの事だった。ロック映画と聞いていたので、派手な格好で参加した私は前から2番目の位置を指定された。

映画のタイトルは、『BLOW THE NIGHT!夜をぶっとばせ』。監督は、曽根中生氏。タイトル曲を含む音楽は、翌1983年にデビューするザ・ストリート・スライダーズだ。

エキストラに集まったほとんどは彼等のファンだった。私はこの時までストリート・スライダーズは未見だったが、彼等が凄いとの噂は聞いていた。その中で「ギターの蘭丸が女の子みたいに美しくて、漫画のストップひばりくんみたいだ」という評判が多かった。

主演女優は高田奈美江、実は群馬の本物ヤンキー


いよいよ舞台にメンバーが出て来てリハーサルが始まった。監督やカメラクルーが揃い、主演の高田奈美江も位置に着いた。そして、初めて観たストリート・スライダーズは、噂通り疾走感いっぱいの横ノリのストーンズ直系サウンドで、瞬時に私の身体は踊り出した。

何回も行った入念なリハーサルで、すっかり「BLOW THE NIGHT!」を覚えてしまった。そして、いざ本番というときに、隣にいたスライダーズファンの男性が後ろを見ながら「高田奈美江って群馬の本物のヤンキーらしいが、小さくて可愛いね」と言った。

これを聞いた瞬間、“群馬”→“暴威”→“レディースの先輩” が私の脳内に変換された!(詳しくは、目撃!伝説が生まれる瞬間、新宿ロフトの暴威(BOØWY)初ライブ を参照)

時系列的には、あれから一年後くらいになる… 先輩の知り合いの可能性大かも! ヤバイ! と、高田奈美江から距離を取るため、あえてギター側にジリジリ移動を開始。これで高田奈美江の視界から私は見えないはず。

そうこうするうちに本番がスタート。変な動悸と汗をかきながら、噂のひばりくんみたいなギタリストをじっくり見上げてみた。「え!?」と、ここで第2の衝撃が!

蘭丸は吉祥寺のロック喫茶「メロウハウス」のお兄さんだった


化粧してギターを弾く蘭丸って、「メロウハウス」のお兄さんじゃない!

昔 “ロック喫茶” という業態があった。バーを兼ねている店も多かったが、普通に昼間からコーヒーやナポリタンなどを頼める店もあり、大抵が1人客、店内ではひたすらロックが大音量でかかっていた。

私が中学生、高校生の時によく映画館やライブ前後に行ったロック喫茶は、原宿なら「イーストウエスト」、新宿なら「サブマリン」、渋谷なら「アナザーサイト」、そして吉祥寺なら「メロウハウス」だった。

メロウハウスは、吉祥寺駅近くの雑居ビルの3階にあり、当時大流行したアヒルのランプが入口に置いてあった。そのアヒルのランプが点灯していたら店は開いてる… と、私が初めてお店に行った時に蘭丸が教えてくれた。

近くに「マイナー」と言うライブハウスがあり、音楽好きの1人客がフラッと入って来たりしていた。当時の彼はニコニコして、よく喋るロック好きの青年という印象。余談だが、私はここでビー・バップ・デラックスを初めて聴いた。そのときも蘭丸は気さくにレコードを見せてくれた記憶がある。

何回かのやり直しを経て、ようやく本番がオッケーになり皆が安堵した中、ステージを去る蘭丸と目があった。私が咄嗟にガッツポーズをしたら、向こうは軽く会釈して笑ってくれた。その笑顔はメロウハウスの時と変わらなかった。帰りに映画の中の曲は来年にリリースされるLPに入る… とスタッフの人からチラシを渡された。

不動の存在感、いぶし銀のまま変わらないストリート・スライダーズ


1983年、彼らはメジャーデビュー。アルバム『Slider Joint』に収録された曲の多くが映画に使われていて、さながらサントラのようだった。だが、メジャーデビューする前の撮影のときから彼ら4人からは、不動の存在感が滲み出ていた。

今思うと、『夜をぶっ飛ばせ』が撮影された82年は、穂積隆信による家庭内暴力、実娘の非行化を赤裸々に書いた『積木くずし』が大ベストセラーになった年だ(テレビドラマや映画が大ヒットしたのは1983年)。また、10代の少女が被害に遭ったまま未解決の “新宿歌舞伎町ディスコナンパ殺傷事件” が起きた年でもある。この事件をきっかけに風営法が改正され、いわゆるディスコは存続できなくなり、一方で尾崎豊は事件をインスパイアし「ダンスホール」を書いたとされている。

映画『夜をぶっ飛ばせ』は、やがて来る大きな変化の直前の、当時のありのままの匂いや空気を切り取った稀少な映画だが、スライダーズは当時から “いぶし銀” のまま変わらない希少なグループと思えてならない。



2020.05.27
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