1993年 11月21日

小泉今日子「TRAVEL ROCK」はロックに非ず? Koizumix Productions のリミックス宇宙

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小泉今日子の歴史に川勝正幸あり


小泉今日子の歴史を振り返ってみると、「川勝正幸以前 / 以後」という大きな断絶があることが分る。この川勝との出会いで、小泉はアイドルからサブカルスターに転身した。時期的には近田春夫がプロデュースして、殆ど国内初のハウスアルバムになった名盤『KOIZUMI IN THE HOUSE』から付き合いができたようで、このアルバムに「ハウスをお茶の間に」なる卓抜なキャッチフレーズを付けたのが、他ならぬ川勝であった。

またこの前衛的作品の前年に出たアルバムが『ナツメロ』という昭和歌謡カバー曲集であったことからも、「昭和」から「平成」への元号改変がそのままキョンキョンの路線変更にピタリと重なっている(『KOIZUMI IN THE HOUSE』は平成元年のリリース)。

さて、何の説明もなしに “川勝正幸” なる人物の名を出したが、平成生まれの若い読者にはサッパリかもしれない。スチャダラパーを世に送り出し、ピチカート・ファイヴなどいわゆる “渋谷系” ミュージシャンを目利き的に掘り出した自称 “ポップ中毒者”。もっと簡単に言えば、映画・音楽・文学と、90年代の先鋭的なサブカルチャーの裏で大体手を引いていたのがこの人… という感じか。

「TRAVEL ROCK」制作に参加、伝説のヒップホップユニット“タイニー・パンクス”


その川勝が構成したTOKYO FMのラジオ番組に『KOIZUMI IN MOTION』(1989-91年)というのがかつてあって、それを母体に『Club Koizumi』というライヴイベントまで開催された(この企画・構成も川崎がやった)。

この時に高木完、藤原ヒロシ、いとうせいこう、スチャダラパーといった日本のヒップホップミュージシャンたちとの交流が小泉に生まれ、この人的交流が初めて実を結んだのがアルバム『No.17』で、藤原ヒロシが全面プロデュースしている。

その後の『afropia』、『Bambinator』といった作品にも藤原の名はクレジットされているが、ここに高木完の名前も加わって伝説のヒップホップユニット “タイニー・パンクス” の二人が参加することになったのが今回取り上げる『TRAVEL ROCK』である。「ロックじゃなくてヒップホップのアルバムにすれば良かったのに!」と思えるほどのメンツである。

「TRAVEL ROCK」は、“ロック” なのか!?


このアルバムで僕が特に好きな曲はM2「SIMULATION」で、キョンキョンのエロチックな吐息に始まり、元チェッカーズの武内享のギターが冴えわたる、いわゆるマッドチェスター系サウンドの日本版になっている。

他にも『はじめ人間ギャートルズ』のエンディングテーマ曲でかまやつひろし作曲の「やつらの足音のバラード」や、1973年に日本限定リリースされプレミア化し、2020年に満を持してアナログレコードとして復刻されたオノ・ヨーコのフェミニズムソング「女性上位万歳」など、センスの良いカバー曲が並ぶ。

しかし沖野俊太郎やEbbyなど、他にも才能あるミュージシャンが参加する本作は、どうもイマイチ方向が一つにまとまっていない(気がする)。アンビエント調で始まるM5「おやすみ…」や、ビーチ・ボーイズ風のコーラスで始まるM6「遠い街のスタンプ」、武内享のアコースティックギターとウッドベースの絡み合いが美しいM7「soramimi」など、単曲としてはどれも楽しめるものの、この中盤のメロウで静謐な展開がアルバムのタイトルにもなっている “ロック” のコンセプトに合っていない。

2ヴァージョン存在するアルバムジャケットの一つでは、キョンキョンはニーハイ・ブーツを履き、ギターを携えて勇ましく直立していてまさに “女性上位” を示しているのだから、そのヴィジュアルに見合ったサウンドで統一したらよりコンセプトとしては明快だったかなと。

ありえたかもしれないRUN DMCスタイル


例えば以下のような事例を見ると、ありえたかもしれない別ヴァージョンをいよいよ夢想してしまう。『TRAVEL ROCK』を引っ提げての全国ツアー『ハプニング集会』は、川勝正幸が構成・演出を担当しているのだが、『ポップ中毒者の手記(10年分)』によれば、「ツェッペリンの名曲のフレーズを多数入れ込んで再構成した『なんてったってアイドル』のアレンジ」が演奏されたという記述がある。

他にも『KOIZUMI IN THE HOUSE』収録のリミックス版「水のルージュ」ではディープ・パープルの「スモーク・オン・ザ・ウォーター」のギターリフが露骨に繰り返し引用されていたりする。こういった具合にハードロック・サンプリングでバキバキにキメたら “デフ・ジャム” サウンドというか、RUN DMCやビースティー・ボーイズ直系のカッコいい “ロック” なアルバムになったかも。

小泉今日子をリミックスせよ! KOIZUMIX PRODUCTIONの暗躍


しかし怪我の功名というか、アルバムとしてはコンセプト散逸気味ゆえに逆説的に個々の楽曲のすばらしさに目が行く。そもそも『KOIZUMI IN THE HOUSE』以降、藤原ヒロシを中心とするリミックス・プロジェクトKOIZUMIX PRODUCTIONが始動し、小泉のアルバム収録曲やシングル曲の数えきれないほどのリミックスが制作され、個々の楽曲のさまざまなヴァリエーションが愉しめるようになっていた。

多すぎて僕もどれがどれだか、オリジナルはどっちだったか整理がつかないほどだが、まとめて聴きたい向きには『89-99 COLLECTION』というリミックス集をお勧めしたい(このマニアックな盤もサブスク解禁!)。ジャケット的にはキョンキョンが赤いベースボール・キャップをかぶってヒップホップ・ファッションに身を包んだ『Super Remix Tracks Ⅱ』が最高。

とにかくこうしたリミックス群が単なる余技ではなく、ときにオリジナルを凌駕し、あるいは新たな解釈を示し、ヒップホップ用語でいう “フレッシュ” な活力を与え続ける。それらは宇宙のように膨張を続け、良い意味で “完結しない” のだ。そもそも “アルバム” とか “コンセプト” とかいう古臭い “閉じた価値観” に縛られていた僕の方に問題があったのかもしれない。『TRAVEL ROCK』はKOIZUMIX PRODUCTIONの “開かれた” リミックス宇宙に解き放ってこそ、はじめて輝きだすのではないか。

40周年☆小泉今日子!

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2022.03.23
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カタリベ
1988年生まれ
後藤護
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