3月14日

五木ひろしによるシティポップへの挑戦「愛しつづけるボレロ」

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都会的で洗練されたメロディー、五木ひろし「愛しつづけるボレロ」


私の母は五木ひろしが大好きだった。五木ひろしが出ているテレビはよく見ていたし、家の中でも五木ひろしの歌がよく流れていたのだが、子どもの私には演歌の何が良いのか全くわからず、正直苦痛でしかなかった。「どの曲も同じように聞こえるやん。」などと言っては母を怒らせていた。

そんな五木ひろしが1982年にリリースした曲を聴いた瞬間、「なんだこの曲は!めっちゃええ曲やん!」となり、私の心をつかんで離さなかったのである。その曲は「愛しつづけるボレロ」。

作詞:阿久悠
作曲:筒美京平
編曲:船山基紀

このお三方の名前を見るだけでも「名曲間違いなし!」と言える豪華な作家陣なのだが、これはそれまで聴いてきた五木ひろしの曲とは違う、全く新しい作品だった。

確かに随所に演歌チックなテイストは見える。出だしの歌詞も、

 ありふれた結末で あなたと別れ
 何日か過ぎたあと 死にたくて
 ただひとり 海べりのホテルの窓で
 夕闇を見つめつつ もの想う

… と、全く明るいものではない。失恋したあと辛くて自殺を連想させるところなど、まさに演歌の世界。しかしこの歌詞に乗せた、都会的で洗練されたメロディーが私にはとても新鮮だった。

これは五木ひろしによる上質のシティポップだ!


私は思った――
「これは演歌ではなく、むしろニューミュージックの世界に近いのでは?」

実際、当時『8時だョ!全員集合』に出演していたときにこの曲を歌っているのを見たのだが、バックバンドを従えて歌う五木ひろしに、新しいジャンルに挑戦する意気込みを子どもながらに強く感じた。

そして40年後の今、改めてこの曲を聴いて感じたことを思い切って言ってみる――
「これは五木ひろしによる上質のシティポップだ!」

そう言い切ってしまうのは大胆かもしれない。しかしこのメロディー、稲垣潤一の声で歌われてもそんなに違和感がないと思うのだ。

「♪ もの想う~」のあたりの音の運び方や、サビに入る「♪ そして~」のあたりのコードやブレイクなどは、シティポップの要素が含まれた構成。そして、何よりサビ部分のピアノのバッキングが、ドゥービー・ブラザーズの「What a Fool Believes」を彷彿とさせるのである。

全体の曲の雰囲気も、稲垣潤一「ドラマティック・レイン」なんかに近いものを感じるのだが、いかがだろうか?

先陣は五木ひろし? 大御所たちが組んだニューミュージックのタッグ


大瀧詠一作曲による森進一「冬のリヴィエラ」は1982年11月21日リリース、山下達郎作曲によるフランク永井「Woman」は1982年6月21日リリースと、この年は大御所がこぞってニューミュージックとタッグを組んだ作品が続いたが、その先陣を切ったのは五木ひろしだったのではなかろうか。

ただこの曲、往年の五木ひろしファンには受け入れられなかったのか、当時の五木ひろしにしてはセールスがあまり伸びなかった。オリコン最高位 19位、売上枚数 12.8万枚。『ザ・ベストテン』でも最高13位と、ベストテン入りを逃している。

私の母もこの曲に対する評価はイマイチだったようで、五木ひろしがテレビで歌う姿にもほとんど反応しなかった。私が「この曲めっちゃええやん!作ったの、阿久悠に筒美京平やで!」と言うと、「アンタはそうやってすぐ作った人で曲を判断する!」と怒られたものだ。

もっと評価されるべき! 演歌にとらわれない五木ひろしの挑戦


そういえば、五木ひろしという人は果敢にいろんなジャンルのカバーに挑戦する人だった。例えば山下達郎の「Ride on Time」や安室奈美恵の「TRY ME」などがある。

中には「それは無茶だろう!」というものもあるが、演歌というジャンルにとらわれないところが今でも現役で活躍している所以ではないだろうか。どれを聴いてもどこを切っても間違いなく五木ひろしの世界にはなってしまうのだが(笑)。

「愛しつづけるボレロ」がどういう経緯で作られ、リリースされることになったのかを私は知らない。しかし、五木ひろしの歌手としての功績を伝える上で、この曲はもっと評価されるべきではないかと思う。

大人になって噛み締める五木ひろしの歌


ところで、うちの母は結局「愛し続けるボレロ」の良さを認めてくれなかった。母にはその後にリリースされた「契り」や「長良川艶歌」のほうがしっくり来たようだ。私は失礼ながらその2曲とも全く心に響かず、五木ひろしはまた演歌に戻ってしまったのか… と残念な気持ちになっていた。

そんな母も10年前に認知症を患い、五木ひろしのことをああだこうだと語ることもできなくなった。しかし、お世話になっていた特別養護老人ホームに顔を見に行くと、施設の方が流してくれる五木ひろしの曲を聴いて、とても穏やかな表情になっていたのが今でも思い出される。

私も大人になり、あの頃毛嫌いしていた演歌を聴いてしみじみと歌詞を噛み締めることも多くなった。それを母が元気なうちに教えてあげたかったが、3年前に他界した。今でも五木ひろしがテレビで歌っている姿を見ると、「愛しつづけるボレロ」をめぐって口論になっていたときのことを思い出す。



2021.03.14
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カタリベ
1966年生まれ
不自然なししゃも
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