11月25日

ロニー田中とマッハの菊!ルースターズとあおい輝彦とサーチャーズの関係

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伝説のすた丼と “マッハの菊” 先輩


冬は大嫌いな私だが10代の頃、年齢を誤魔化し『爆裂都市 BURST CITY』のエキストラに参加していたことがある。そして初老になった今、あのロケの寒さを超える寒さはないくらい、強烈な体感と共に思い出す曲がある――

あれは1981年冬の12月。エキストラの仕事を終え真夜中に地元駅に着いた。とにかく寒くてひもじくて歯がカタカタ鳴っていた。真っ暗な道をゆっくり歩いていると、

「あれ? 田中?」

―― と声をかけられた。振り向くと前回のコラムで書いた “マッハの菊” 先輩が、頭にタオルを巻いて、白い半袖Tシャツにエプロンに長靴姿で立っていた(『ロニー田中は見た!テレビ神奈川のロック番組「ファイティング80's」でルースターズ!』参照)。

「せ、せんぱい?」

地元駅に朝までやっているラーメン屋があり、小さなガラス張りの店先にはいつも派手な改造車とバイクが止まっていた。「伝説のすた丼」という、後に全国展開される店だ。先輩はそこの本店からうちの地元に移動になり正社員で店を任されてるらしい。

「風邪引くべ? 店に入るべ」

先輩はそういって、寒さと疲労でしゃがみ込んだ私を店内に入れてくれた。閉店作業中の店の暖かさに全身の血管が緩み歯のカチカチが止まった。

「何か食うべ? 腹空いてるべ?」

カウンター越しに先輩とお互いの近況を話した。ここの店のオーナー、通称オヤジさんは元ボクサーで引退後ラーメン屋を隣駅に開店。「手に職付けろ」と先輩をスカウトしたらしい。まかないに出していた豚バラ丼=すた丼が美味しくて評判になり、朝、昼は大学生やサラリーマン、夜は千葉、埼玉、神奈川、北関東からも暴走族がわざわざ食べに来るようになったらしい。

「先輩、店で喧嘩とかにならないですか?」
「それもあって俺みたいな奴等をオヤジは使ってるんだべ。やかましい奴等や行儀悪い奴等は出禁だべ」

オヤジさん曰く、

「お客様は神様じゃない」
「いただきます、ご馳走様を言えない奴、人が作ったものを残す行儀悪い奴は客じゃないから追い出していい」

―― とのことで、先輩は働くことを決めたらしい。しばらくすると中華スープみたいな物が出て来た。少々しょっぱいが温かさに生き返る。暫く器でかじかんだ指を温める。

「先輩、美味しいです!」
「だべ? 裏口で待ち伏せされたりもあるけど厨房て武器倉庫だべ? 包丁も火もあるし。大抵美味い物食べたら解決だべ」 

そんな武器倉庫からチャーシュー丼が出て来た。真剣に料理を作る先輩の様子は凛々しかった。

「いただきます」

空腹なのと小盛りだったので一気に完食し「ご馳走様でした!」とカウンターに食器を戻す。店内に “掟” なる紙が貼ってあり、食器はカウンターに戻すのがルール。会計も店員にその時渡すのがルールだった。先輩はポケットから小銭で自ら私の会計を払い、

「あったまったべ? 腹減るとイライラするからオヤジがお腹いっぱい食べたら皆喧嘩しなくなるって、よく言ってるべ。さて、コーヒー飲むべ」

と外に出て、自販機でUCCの缶コーヒーを買って来てくれた。当時主流のあの甘ったるいロング缶だ。

「Case Of Insanity」と「あなただけを」


閉店準備を手伝いながら2人で缶コーヒー片手に外に出た。先輩は私を自宅まで送ると言う。あの改造車で自宅前に来たらまずいので丁重に断ると、なら歩いて送ると言う。その後、途中公園のベンチに座って缶コーヒーを飲みながら一服しようという流れになった。

映画の話から、私が持っていたウォークマンで先輩にルースターズの当時発売直後のサードアルバム『INSANE』を片耳ずつヘッドホンを付けて聴いてみた。すると先輩が暫く聴いて…

「俺英語の歌はよくわかんねぇ。でもこのカバーはいいべ!」

早送りしたりした中で該当する曲は「Case Of Insanity」だ。

「え? 先輩、これって誰のカバーですか?」
「おめぇ、そりゃ「あなただけを」に決まってるべ?」



「あなただけを」は元ジャニーズのあおい輝彦の1976年の大ヒット曲だ。不意を突かれた驚きと、同時に脳内には腰を振りながらカメラ目線で唄う “男臭い” あおい輝彦がウィンクしながら再生される。

「先輩! それは違いますよ!?」
「一緒だべよ? 唄ってみっぺか!?」

明け方近い真冬の公園で、先輩は白いタオルを頭に巻いたまま缶コーヒーをマイク代わりに「あなただけを」、私はルースターズの「Case Of Insanity」を口ずさむ。

―― 確かに曲調は似てる。「あなただけを」は真夏の海辺の真っ直ぐな直球の愛の歌。一方「Case Of Insanity」は大江慎也ならではの美しい黄金コードとはうらはらの歌詞は狂気や虚無感を含んだ氷のようでもあり、「あなただけを」で感じる真夏の印象とは真逆の冬を感じさせる唄。初めて聞いた先輩の歌は意外にも上手だった。私の方が一番を歌い終わったら――

 今より素晴らしい人生
 愛する貴女とならば
 叶わぬ夢もありはしない
 受け止めて欲しい

―― と先輩が私の目をじっと見てサビを白い息を吐きながら唄いあげた。何故か呼吸が早くなり胸が息苦しくなったから甘ったるい缶コーヒーを飲み干して2番を唄う事にした。先輩は私に合わせて

 あぁ、貴女が歌を口ずさみ
 僕の心を揺さぶる
 他の誰にも聞かせたくないんだ
 貴女の声は僕だけに

―― と唄う。私は目をそらしながらそれに対して「♪アイ ドント ケア〜」と「Case Of Insanity」のサビを唄う。本当にどんどん胸が苦しくて、風邪を引いた時のように目が潤んで来た。歌のせいか、はたまた気が狂ったのか。はたから見たら寒空の公園で歌をうたうこと自体正気ではないか……。

「先輩、歌上手ですね! あおい輝彦よりかっこ良いですよ!」

私は精一杯わざと明るく言ってみた。声がうわずってるのは寒さのせいか。先輩は照れ笑いしながら、

「英語の歌と同じだべ? 輝彦はエルビスっぼいべ?」
「確かに少し曲、似てるかも。私は輝彦といえば “青沼静馬” ですよ」
「へ? それ歌?」
「いえ。犬神家の一族って…」
「ああー!! 無理無理無理!!!」

と、いきなり大声上げてしゃがみ込み耳を塞ぎ出した。その様子にこちらがびっくり!

「俺怖いの無理だべ! ストーップ!! アレ怖いやつだべ? 足が逆さになってる! 無理無理!!」

さっきまで厨房を武器倉庫と言い、有名な走り屋 “マッハの菊” と呼ばれた喧嘩上等・長身の男が「怖いの無理」としゃがみ込んでる姿に思わず笑って言ってしまった。

「先輩、可愛い!」
「可愛いってなんだべ? マジ怖いの無理だって!! お前平気?」
「はい」
「やっぱアレ怖い話しだべ? あの足!! 死んでるべ? 逆立ちじゃないべ?」
「はい。殺人事件です」
「と、とにかく俺の前で怖い話、お化けの話し禁止だべ! ちょっとトイレ!!」

マッハの菊先輩は小走りに公園内トイレに消えた。

男は筋肉、女は笑顔だべ


当時私には一緒に『爆裂都市』にエキストラ参加していた年上の福岡出身の彼氏がいた。その彼氏が発売日に「Case Of Insanity」を聴いた時に「ニードル・アンド・ピンズ(ピンと針)やん」と言った。

私はそれがジャッキー・デシャノンの曲だと知らず、さらに彼氏は「サーチャーズのカバーに近いと思う」と言った。どちらも知らなかった私に「東京の子やね。福岡なら定番のアルバムやんね」と博多のジュークレコードから取り寄せて早めのクリスマスプレゼントとLPを2枚くれた。



「Case Of Insanity」という名曲を、「あなただけを」だという先輩と「ニードル・アンド・ピンズやん」という彼氏の音の鳴り方・聴こえ方の違いを考えていた。先輩は小走りにトイレから戻って来て私達は歩き出し、程なくして自宅前に着いた。別れ際に先輩が言った。

「さっきのお前の笑顔で1日の疲れが吹っ飛んだべよ。男は筋肉、女は笑顔だべ」
「また腹減ったらいつでも来いよ!怖い話し禁止だべ!」

―― と手を振りながら去って行った。

映画絡みとはいえ朝帰りの娘を心配し母はお風呂を沸かし豚汁を温めて待っていた。ことのあらましを話すと母は先輩のことを褒め「あなただけを」を歌い出した。「美味しい物食べさせてくれる男性と一緒にいた方が良いわよ。美味しい物を美味しいって言い合える関係は強いから。美味しいは笑顔のもとよ」私がこの意味を理解できたのは随分後になってからだ。

ルースターズのターニングポイントになるアルバム「INSANE」


翌1982年、映画『爆裂都市』が公開され、私は実家を出て地元の「すた丼」前を通らなくなった。先輩とはそれっきりだ。彼氏と別れ、1985年に大江慎也はルースターズを脱退。後から思えば『INSANE』はルースターズのターニングポイントになるアルバムであり、特に「Case Of Insanity」は美しいメロディーとうらはらな歌詞は大江慎也作品の代表作だ。

その後、すた丼創業者のオヤジさんは亡くなり、後継社長により今や全国展開する大企業になった。実家の近所のすた丼の店は当時のまま存在するが改造車も先輩の姿はない。かつての、客も不良なら店員も不良… な面影は、入口の券売機と共に消えた。店の隣の公園はいつしか禁煙になったが、それでも先輩が一服していないか探してしまう。

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2022.12.27
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