6月23日

1984 ー 映画「逆噴射家族」と風営法改正直前の新宿歌舞伎町

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photo:ナカレコ2号店  

都内に住み、電車に乗って簡単に行けるはずのその場所はただの映画好きの少年にとって、とても遠い場所のように思えた。

1984年6月、僕は初めて歌舞伎町に足を踏み入れた。理由は「観たい映画があった」ただそれだけのことだった――。

『トゥナイト』(テレビ朝日)の風俗店リポートで山本晋也監督が連呼していた「ほとんどビョーキですネ!」というフレーズそのままの街の猥雑さに正直二の足を踏んだ。当時はノーパン喫茶の女王、USA のイヴちゃんが人気を博し大学生たちのアイドルなどと持て囃されていた頃… 彼女がロマンポルノで女優デビューする直前、風俗街が発するエナジーはまさにピークを迎えていた。

歌舞伎町のゲートから映画館まで200メートルちょっとの距離が恐ろしく長く感じられる。夕方近くでまだ日も明るいのに客引きが跋扈し、風俗店の前には情欲をそそる丈の短いワンピースを着たお姉さんたちが何人か立っていた。中には水着ではないかと一瞬見紛うほど、露出の激しい服を着た子もいた。だから偶然視線が交錯すると強い緊張を強いられる。そんな風に彼女たち一人一人の前を通り過ぎる度に濃いファンデーションの匂いが多感な少年の鼻先をかすめた――。

地面を見て一気に足早に歩く。大人の世界の熱にあてられて、驚きと居所のないような情けない気持ちがない交ぜになって、正直行き着く先さえわからなかった。目の前にはギラギラとした原色の世界が広がる。“欲望の街” とはよく言ったものだ。酔ったような気分で酷く汗をかき、ようやく劇場に着いたのを覚えている。

そんな思いまでして歌舞伎町に観に来た目的の映画がどんな作品かというと、小林克也サンが父親を演じる風変わりなホームドラマである。風俗街の強烈な毒気から解放されたはずの僕は、再びこの『逆噴射家族』という名の映画から、さらに強い猛毒を噴射されることになる。

監督は『狂い咲きサンダーロード』(80年)、『爆裂都市 / BURST CITY』(82年)など、劇映画とパンクロックを融合させ前衛的なアクション映画で名を馳せた石井聰亙(現・岳龍)。原案・脚本には人気漫画『東大一直線』の小林よしのり。共に福岡出身の “めんたいタッグ” だった。今思い返せば観る前から普通の映画であるはずがない。

主人公は小さいながらマイホームを手に入れ、馬車馬のように働いてきた親父である。家に帰れば、妻(倍賞美津子)からのエロ過ぎる求愛に額から脂汗を流し、受験戦争の真っ只中にいる息子(有薗芳記)には何かと気を遣う。次いでアイドルを夢見るちょっとオツムのゆるい娘(工藤夕貴)にも心を痛めている。

そんなある日、田舎に住む兄夫婦に追い出された爺さん(主人公の父・植木等)が転がり込んでくる。一向に帰ろうとしない爺さんに家庭内が何やらギクシャクし始める。
家長としての責任感から親父は仕方なくリビングルームの床下に穴を掘り、地下に爺さんの住む部屋を作ろうとするのだが、そこから無数のシロアリが――。

通勤ラッシュの電車の中で押し潰されそうになりながら身を粉にして会社で働き、愛する妻や子供たちを想い、ようやく建てたマイホーム。ここで老いた父のために穴を掘り続けた結果、家を食い潰す害虫の登場という訳だ。日頃のストレスが積み重なって一家の大黒柱はついにプッツンする。

「死ぬっきゃない!
 死ぬっきゃないのんじゃ~~ッ!」

父親はそう叫ぶと工事用の電気ドリルを振り回し家族全員を相手に戦争を始める。マイホームに響き渡るドリルの轟音が家族の悲鳴と怒声に交差する。

すると、その怒りを煽るかように激しいビートが劇場内に響き渡った。音楽を担当するのは、ルースターズから派生したユニット「1984」。彼らの放つエキセントリックな旋律がありきたりな日常に潜む暴力性を露わにしていく。

キッチン用具で武装し包丁を研ぐ音を響かせる妻、ヒステリックにお経を唱え続ける爺さん、金属バットを振り奇声を発している息子。親父はすべてを清算すべく狂気の中で家に火を放ち、リビングはガス爆発に巻き込まれる。耳鳴りのようにキーンと響く攻撃的な高周波。そしてマイホームの中で増幅した憎悪が激しく一気に弾け、まるでメタルパーカッションのように打ち鳴らされる。

観ている者の神経を逆なでする数々の不協和音は、先ほどまで歌舞伎町の路上で僕を悩ませていた空気そのものだった。『逆噴射家族』で描かれる家族は、ごく普通の家族だ。戦後の経済成長の最後の急激な上り坂・バブル景気へと続く道程の中にいる。

敷かれたレールの上をこのまま走って行っていいのか?
マイホームを夢見て働くような人生がこれからも続いていくのか?

この映画は皆が心に描いていた想いや一抹の不安を乗せて走り出し、最後にすべてをぶっ壊し “逆噴射” してみせた。

映画館を出るころには日も沈み切って、ネオンサインをまとった街はさらなる喧騒に包まれる。バブル直前の渦巻くような騒音と相まってこの映画は心に深い爪痕を残し、僕の平穏な日常という繭に小さな風穴を開けた。
映画の中で植木等サン演じる爺さんが「百鬼夜行! わしゃ、なんでこげな恐ろしか家に舞い込んだんじゃーッ」などと叫んでいたが、まるで同じような気分をこの街で味わった。

風営法の大幅改正「新風営法」が施行される直前の歌舞伎町、その混沌とした腹の中で僕は目に見えぬ怪異に囲まれていた。そして、そのとき頭の中ではずっと… 1984の「親父の逆噴射」が鳴り響いていたのである。


追記
1984はルースターズのプロデューサー柏木省三による音楽ユニット。映画『爆裂都市』のサントラ制作をきっかけに結成された。


※2017年11月14日に掲載された記事をアップデート

2019.06.23
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  YouTube / Johnny Heyward
 

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1970年生まれ
ジャン・タリメー
石井監督,後にも何本か好きな映画はあるのですが,80年代の作品が(『狂い咲き』を含め)どれも見ても切なくて好きです.
2017/11/15 08:03
4
返信
1966年生まれ
鎌倉屋 武士
破滅に向かって突っ走る映画多いですからね~。強烈なアドレナリンが出てます。切なさと背中合わせの荒涼とした映像、ノイバウテンのドキュメンタリー映画も良かった。
2017/11/16 00:13
0
1970年生まれ
ジャン・タリメー
爺さんを受け入れる.部屋がない.建て増しは不可.じゃぁ下に掘ればいいんだー.という発想のまっとうさと可笑しさ.大好きな映画です.
2017/11/14 08:49
3
返信
1966年生まれ
鎌倉屋 武士
じゃぁ下に掘ればいいんだー(笑)。

監督・石井聰互、音楽・1984(ルースターズ)、脚本原案・小林よしのりと…中枢を担うクリエイターが福岡出身者で固められてるところも面白い。言うなれば、めんたいムービーですネ!
2017/11/15 03:09
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カタリベ
1966年生まれ
鎌倉屋 武士
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