11月23日

本当の意味での再出発、新生AC/DCは「悪魔の招待状」から始まった!

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AC/DCのアルバム「悪魔の招待状」が米国でリリースされた日
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photo:FANART.TV  

あの「バック・イン・ブラック」制作直前、ボン・スコット突然の死!


人事異動が良くあるハードロック / ヘビーメタル(以下HR/HM)の世界では、重要な意味を持つアルバムというものがある。AC/DCにおいては、8枚目のスタジオアルバム『悪魔の招待状(For Those About To Rock We Salute You)』がまさにそれだ。

1980年2月19日、ヴォーカルのボン・スコットが友人の車の中で死亡しているのが発見された。原因は睡眠中、嘔吐物を喉に詰まらせての窒息死だった。1979年7月にリリースした6枚目のアルバム『地獄のハイウェイ(Highway to Hell)』で世界的成功を収め、次回作『バック・イン・ブラック』の制作が開始される直前の出来事である。

7枚目のアルバム『バック・イン・ブラック』は当然ボン・スコットがヴォーカルであることを前提に準備が進められていた。AC/DCは直ちに解散か、それでも継続するかの選択を迫られた。残されたメンバーはボン・スコットもきっとそう望んでいるはずだと継続を決断し急遽、新ヴォーカルのオーデションが行われた。そこで採用されたのが、ブライアン・ジョンソンだった。

新ヴォーカルにブライアン・ジョンソンを迎え、全世界的な大成功!


新ヴォーカルを迎えて1980年7月に世に送り出された『バック・イン・ブラック』は奇跡的な成功を収める。アルバムの総売り上げは5,000万枚を数え、マイケル・ジャクソンの『スリラー』、ピンク・フロイドの『狂気(The Dark Side of the Moon)』に次いで世界で3番目に売れたアルバムとなったのだ。全米セールスだけでも2,200万枚を記録した。ちなみに『地獄のハイウェイ』は700万枚だから、その凄さがわかるだろう。

『バック・イン・ブラック』の成功は、ブライアン・ジョンソンの力量によるところが大きい。AC/DCのロックンロールを僕なりに表現すると、それは “快楽と快感” だ。ブライアン・ジョンソンはボン・スコットと同様にそれを僕たちに与えてくれた。ヴォーカルが変わってもAC/DCは変わることは無かったのだ。

ボン・スコットの遺作となってしまった『地獄のハイウェイ』は、歴史に名を残す名曲が賑わう傑作で、“これを超えるアルバムなんて出来るわけない。ましてやヴォーカルが変わってしまっては…” という前評判を、ブライアン・ジョンソンを迎えたAC/DCはいとも簡単に塗り替えてしまった。だから、『バック・イン・ブラック』が彼らを代表するアルバムであるということに疑いの余地は無いだろう。でも、ブライアン・ジョンソンの立場で『バック・イン・ブラック』の存在を考えるとどうなるだろう。

アンガス・ヤングの狙いはどこに? 急ピッチで制作された次のアルバム


『バック・イン・ブラック』は、ボン・スコットのヴォーカルを前提として準備されたアルバム―― そう、ヴォーカルのクレジットには名を連ねていても、『バック・イン・ブラック』はブライアン・ジョンソンのアルバムではないのだ。つまり、本当の意味での新生AC/DCのアルバムとは言えない。これは、ブライアン・ジョンソンも他のメンバーもきっと分かっていたはずだ。だからこそ彼らは次のアルバム『悪魔の招待状』の制作を急いだ。

『悪魔の招待状』は1981年11月23日に発売される。『バック・イン・ブラック』の発売から僅か1年4ヶ月であり、前作のメガヒットの余韻に浸ることなくレコーディングを行っているのは、アンガス・ヤングが、ブライアン・ジョンソンをヴォーカルとした新生AC/DCを早く生み出したいと考えていたからではないかと僕は思うのだけれど、間違っているかな?

ボン・スコット時代のAC/DCは、パンクと評されるほどのロックンロールで、僕たちに “快楽と快感” を与えてくれた。『悪魔の招待状』では、ボン・スコット時代よりロックンロール色が弱まり、よりHR/HM色が濃くなったいると僕は思っている。この差が、アンガス・ヤングが考えるボン・スコットとブライアン・ジョンソンのヴォーカルの特性の差だ。

本当の意味での新生AC/DC、それは「悪魔の招待状」から!


この『悪魔の招待状』というアルバムは、新生AC/DCの本当の意味での出発である。そして、ブライアン・ジョンソンが “ボン・スコットの複製” から脱却することに成功した、彼らの歴史上ターニングポイントとなる記念すべきアルバムだと僕は思っている。

ファンも新生AC/DCを受け入れた。何しろ『悪魔の招待状』は初の全米No.1を記録したのだから。

主要メンバー変更という障害を見事に乗り越え、今もなお、第一線で活躍を続ける彼らがあるのは、このアルバムがあったからというのは言い過ぎだろうか。AC/DCのファンの1人として、僕はこのアルバムが愛おしくて仕方がない。

アルバムジャケットにあるキャノン砲は、実際のステージでもセットとして組まれ、大音響で鳴り響く――

ボン・スコットと別れを告げるように。
ブライアン・ジョンソン時代の幕開けを知らせるように。


※2017年11月2日に掲載された記事をアップデート

2020.11.23
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カタリベ
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藤澤一雅
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