1978年、CMソング史上、もっとも熱い夏がやって来た。
資生堂は、春の広告キャッチコピー「時間よ止まれ、くちびるに。」を夏向きに「時間よ止まれ、まぶしい肌に。」とアレンジ、そして何とあの矢沢永吉にCM楽曲制作を依頼する。しかも「時間よ止まれ」というサビのフレーズを入れ込み、曲調はバラードで、という条件指定でだ。
矢沢は「俺がバラード?」と戸惑いながらも、リクエストに見事に応え、その場でギターを弾きながら短時間で曲を仕上げたという。
この矢沢起用のインパクトは大変なものだった。それまでの矢沢は、リーゼント・革ジャンのイメージ、ファンには暴走族も多く、観客のトラブルを理由にコンサート会場の使用を断られることもあった。「東京・銀座」を謳い文句にしてきた資生堂のコンサバティブな顧客層とはどう考えても合いそうにない。
だが、同社の広告は、女性の社会における立ち位置を反映させ、ときに新しい女性像を提案してきた。女性が堂々と自己主張できる世の中になったいま、良家の娘がちょっと不良ぶってみせる、みたいなイメージに舵を切ったのである。
前フリはあった。前年夏のCMでダウン・タウン・ブギウギバンド『サクセス』を使い、不良っぽい要素を巧みに取り入れる実験に成功していたのである。同曲は年間22位にチャートインしている。その路線をさらに推し進めたのが、矢沢永吉『時間よ止まれ』だった。
カネボウのCM曲は、一夏の恋を歌った、サーカス『Mr.サマータイム』。フランスのヒット曲を日本語版にしたものだ。その頃はアバンチュールという言葉が一般化した時期でもあるが、意味深な歌詞に、多くの青少年が妄想全開・悶絶させられた。CMでは服部まこが、南国でクネクネしているし、サーカスが正統派のコーラスグループだけに、却って上品な、エマニュエル的エロさを醸し出している(エロに上品も下品もあったもんじゃないがな!)。
白熱のバトルの結果、年間チャートで『時間よ止まれ』は63.9万枚で9位、『Mr.サマータイム』は65.2万枚で8位。カネボウが一矢報いたものの、その差はごくわずか。そして両曲とも、いまだに歌い継がれるスタンダードナンバーとなった。
面白いのは、『時間よ止まれ』が男目線、『Mr.サマータイム』が女目線で、まるで示し合わせたかのように対照的、見方によってはお互いのアンサーソングみたいになっている点だ。
とくに「不二家歌謡ベストテン」「全国歌謡ベストテン」「決定!全日本歌謡選抜」などラジオのベストテン番組でこの両曲が連続してかかることもしばしばで、二つで一つの文脈をつくっているような感じすらあった。
当時の資生堂の関係者によれば、両社の宣伝部どうしでも共同でブームを仕掛けようという意図もあったというから、そんな憶測もまた楽しい。
さて、それから数ヶ月後、資生堂はCMソングでさらなるビッグヒットを放つのである。(つづく)
■ 時間よ止まれ / 矢沢永吉
作詞:山川啓介
作曲:矢沢永吉
発売:1978年(昭和53年)3月21日
■ Mr.サマータイム / サーカス
作詞:Pierre Delanoe(日本語詞:竜真知子)
作曲:Michel Fugain
編曲:前田憲男
発売:1978年(昭和53年)3月25日
2016.09.21