例えば、実家の押し入れの隅に追いやられた段ボール箱。 例えば、長年使っているベッドの下、手が届かない隅のカド。 普段は生活に追われて忘れてしまっていたその場所に、過去に置き忘れてきた記憶の断片が眠っていることがある。先日僕は1980年代に自分で録音したカセットテープをごっそり見つけた。今回はその中の一本を紹介する。 ◆SONY CHF60(1978年製) ラベル「S55.7.2.ニッポン放送 日立ミュージック・イン・ハイフォニック」 ごく一般的なノーマルポジションでかなり普及していたと思う。TDK AD(1981年製)が出る前はもっぱらこのテープを使っていた。ラベルは赤いカラーリング、本体はクリアブラウンで半透明のカセット。薄く中の構造が見えて人気があった。 テープの中身はニッポン放送、夜のワイド枠『大入りダイヤルまだ宵の口』というラジオ番組を録音したもの。ラベルに書いてあった『日立 ミュージック・イン・ハイフォニック』は『欽ドン』が終わった後、夜10時の時報と共に始まる30分の音楽番組だ。私が初めてエアチェックしたカセットであることを思い出した。せっかくなので少しその内容について触れてみることにしよう。ナビゲーターは当時パーソナリティとして人気が高かったアナウンサー、若き日の “くり万太郎”。 「今晩は!くり万太郎です。今年の夏、カーステレオから流れる歌は… シーサイドのラジカセから流れるサウンドは…。今日はこの夏を演出する二人のナイスガイ、南佳孝と山下達郎を特集してお送り致します」 ―― ナイスガイ!? 今聞くとちょっと気恥ずかしい響き。しかし、南佳孝&山下達郎特集とは思いの外、豪華なラインナップだ。一曲目は「モンロー・ウォーク」、そして、「ソバカスのある少女」「憧れのラジオ・ガール」へと続く。くり万(略称)は南佳孝を当時の肌感でこう説明する。 「幻のアルバム『摩天楼のヒロイン』でデビューした南佳孝は30歳。ライヴハウスを中心に地道な活動をしてきましたが、郷ひろみが取り上げたセクシー・ユー、モンロー・ウォークで一躍その名を馳せ、今や新しいミュージックシーンの中心となっています」 ―― すでにこの時点で、松本隆プロデュースのデビューアルバムが「幻」と表現されている。そうか、そうなのか! ドキドキするよ、くり万ッ! 「一方、山下達郎ですが、こちらもシュガー・ベイブ時代からその才能は高く評価されていました。このところJAL、日立マクセルなどのCMソングを担当し、その歌の世界が大きくクローズアップされましたが、来るべき人がついにやって来たという感じです!」 ―― 当時、「RIDE ON TIME」は音楽好きのコアなファンだけではなく、マクセルのCMを通して僕たちのような子供にまで強い印象を与えていた。くり万は、いつものふざけた兄貴のような口調ではなく、熱くひたむきな言葉で上昇カーブを昇り詰めていく達郎サンを讃えた。 とはいえ、日立の名前を冠にした音楽番組、これがただの社員アナウンサーであればヨイショに過ぎないのだが、このくり万という男は違う。兎に角いつも真っすぐ、思っていないことをしゃべることができない。そう、嘘が下手。こんなことを言うのは気恥ずかしいが、南佳孝でも山下達郎でもなく、くり万! あんたがイチバンのナイスガイだよ! 昭和55年7月2日、この日『ミュージック・イン』のくり万太郎は本気だった。1980年の南佳孝・山下達郎の活躍を受けて「これからの時代を暗示している」と見事にアナウンスしてみせた。番組の後半は「愛を描いて LET’S KISS THE SUN」「永遠のFULL MOON」、そしてトリに「RIDE ON TIME」と最高に盛り上がる構成だったことを付け加えておく。そして番組の最後、彼は翌日の放送を予告する。 「日立ミュージックイン・ハイフォニック、明日はローリング・ストーンズのニューアルバムからお送りします。」 くり万は何故か原稿を普通にさらっと読み流す。声のトーンから察するに、心なしかストーンズのニューアルバムにはあまり興味がなさそうだった。 そう、くり万太郎は嘘がつけない「真っすぐな男」ナイスガイなのである。
2017.12.17
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YouTube / SHIGEO WATANABE
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