9月10日

80年代のミックスメディア、君は「カセットブック」を知っているか?

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細野晴臣のカセットブック『花に水』がリリースされた日
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振り返ってみると、カセットテープこそ、1980年代を代表する音楽再生メディアだったのかもしれないと思う。公式には、80年代はアナログレコードから CD への移行期ということになるけれど、その裏を見れば、カセットテープが音楽ファンの大きな支持を得ていった時代でもあった。そして、その圧倒的推進力となったのが1979年に発表されたウォークマンだった。

カセットテープが登場したのは60年代後期。それまでのオープンリール式録音テープよりも圧倒的に扱いやすい音楽録音メディアとして普及。同時期にスタートしていた FM放送の音楽番組をラジカセ(ラジオカセットレコーダー)で録音したり、レコードから好きな曲を録音して自分なりのコンピレーションテープをつくることが音楽ファンの楽しみのひとつにもなっていった。

ウォークマンは、そんなふうにカセットテープに収めた自分だけの音楽の世界を部屋から外の世界に持ち出すことを可能にした。そして、カセットテープはレコードとは違う、より個性的で手軽な音楽の楽しみ方を可能にするメディアとして、80年代のシーンを活性化していった。

カセットテープの可能性に注目していたのはリスナーだけではなかった。アーティストの中にも、レコード以外の音楽表現の可能性を探る動きが生まれていった。そんな動きのひとつとして80年代に登場したのが本とカセットテープを合体させ、“聴く” と “読む” という行為を複合させたカセットブックというメディアだった。

僕がカセットブックというメディアを強く意識したのは、1984年に冬樹社から発行された “カセットブックシリーズ SEED” を手にした時だった。それまでにもレコードやソノシートを綴じ込んだ雑誌なども無いことはなかったが、本はレコードの解説であったり、逆に音源が本の補足資料になっていたりというものが多かった。しかし、カセットブックシリーズ SEED は音楽と本(ブックレット)が、それぞれの立場から同じテーマにアプローチしていく、まさにミックスメディアの実験というニュアンスがあった。

カセットブックシリーズ SEED の第一作として発表されたのは細野晴臣の『花に水』。前の年に YMO を “散開” させていた細野晴臣が、新たなレーベル『ノンスタンダード』を立ち上げる直前のタイミングに刊行したもので、カセットテープには無印良品の店内用BGM として細野がレコーディングした音源が収められている。さらに約80ページのブックレットには、中沢新一(哲学者)、久保山昌彦(鍼灸治療師)のエッセイ、細野と久保山の対談などが収められている他、半沢克夫、小暮徹による写真で彩を添えているなど、かなり凝ったつくりになっている。

そして、音楽とブックレットによってアプローチされているのが “観光音楽” という、環境音楽をさらに深化させていこうとするコンセプトだ。『花に水』は、ビジネス的側面が強くなっていった80年代のレコードメディアには託することができない実験的メッセージを届けるメディアとしての可能性を感じさせる作品だった。

シリーズ2作目として発行されたのはサックス奏者であり、リアルフィッシュのリーダーだった矢口博康の『観光地楽団』。カセットには矢口のオリジナル曲12曲が収められており、演奏には鈴木さえ子(D)、中原信雄(B)、美尾洋乃(V)、白井良明(G)、小滝満(K)が観光地楽団として参加している。

ブックレットも豪華だ。矢口がセッションに参加しているサザンオールスターズの桑田佳祐、関口和之をはじめ、鈴木さえ子、鈴木慶一、泉谷しげる、立花ハジメ、大澤誉志幸、吉田健などの対談で構成されている。これらのラインナップから、80年代のミュージシャンたちの交流関係も垣間見える。

個人的に興味深かったのがシリーズ3作目となったムーンライダーズの『マニア・マニエラ』だった。この作品は1982年に6枚目のアルバムとして発売される予定で制作されたが、内容的にアピールしにくいとして発売中止となった。

その後、急きょ新たなアルバム『青空百景』が制作されて6枚目のアルバムとして発表され、『マニア・マニエラ』は同年12月に CD のみで発売された。日本で初めて CDソフトが発売されたのはこの年の10月。事実上ほとんど普及していないメディアだったのだ。

そんな事情で、84年時点では『マニア・マニエラ』は聴きたくてもなかなか聴くことができないレアアイテムだった。それがカセットブックとして聴くことができることになったのだから、ファンにとっては待望のリリースとなった。

このブックレットには荒俣宏のエッセイとムーンライダーズのメンバーによる短編小説などの創作が収められている。ちなみに『マニア・マニエラ』が、レギュラーカタログとして CD、およびアナログ盤でリリースされたのは86年になってからだった。

シリーズ4作目は、アレンジャー井上鑑の『カルサヴィーナ』。カルサヴィーナとは、20世紀初頭にヨーロッパで一世を風靡したセルゲイ・ディアギレフ主宰のロシア・バレエ団でプリマとして活躍したタマラ・カルサヴィーナのこと。20世紀前半のアヴァンギャルドな芸術活動の精神性をテーマとした作品だった。

この他にも、カセットブックシリーズ SEED で南佳孝のスタンダード・カバー集『昨日のつづき』を出している他、80年代にはいろいろなスタイルのカセットブックが発売されていた。

今からすれば、カセットテープとブックレットというアナログな組み合わせはレトロ感が印象として残るけれど、当時のアーティストたちにとって、カセットブックが通常のリリース・プログラムには載せにくい実験を行えるメディアとなっていたことも強く感じられる。

そこには、現在であれば、インターネット、SNS を使って行われるインディーズ的スタンスの活動に通じるものでもあったんじゃないかとも思う。

2019.05.15
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  Apple Music


  YouTube / Nekuro Earnhardt
 

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