1986年に東京都杉並区で生まれて、今年で31歳になる。4歳になる頃には90年代に突入していたから、80年代の記憶なんて、全然残ってない。
生まれてすぐにバブルが弾けて、物心つく頃には「不景気だ」って皆が言ってた。駅によっては自動改札じゃないところもあったし、まだ商店街や街のオモチャ屋さんも生きてた。
地域の結束ばかりが強くて、親の帰りが遅い日は同じマンションに住む友人宅に預けられ、買ったばかりのスーパーファミコンで遊んでた。これが、僕の幼少期の記憶。
だから、「80年代の音楽について書いてください」と言われても、1曲も浮かばなかった。最初に買ったCDは『ガラガラヘビがやってくる』だったし、次も『DAN DAN 心魅かれてく』か『YELLOW YELLOW HAPPY』、もしくは『愛しさと切なさと心強さと』だから、完全に90年代に生きてる。
「何か思い出、なかったっけ。たとえば、幼少期にカラオケに行ったとき、親父がよく歌っていた曲とか。大晦日のとき、ギターを持ちだしてふたりで歌っていたフォークソングとか」
久々に、母親に電話をした。
「でも、父さんと結婚したのが82年で、お兄ちゃんが生まれたのが84年でしょ? そこからはふたりを育てるのに一番忙しい時期だったから、たぶん音楽なんて碌に聞けていないのよ。だからその時期に関する記憶が、私もスッポリと抜けているの」
両親が自分たちを育てるのにどれだけ苦労したかも伝わってくるエピソードに、少し胸が熱くなる。でも、カーステレオで松田聖子とかが流れていて、母はそれをよく口ずさんでいた記憶があった。
「青い珊瑚礁とか、歌ってなかったっけ。あれ、すごく好きなんだけど」
「ああ、聖子ちゃん!」
ようやく当たった。ここから、母の青春時代の話が始まる。
「24歳かな。当時、『松田聖子が好き』って言うと、『あんなブリっ子が好きなんて!』って騒がれたんだよね。だからあんまり表立っては言わないようにしてたんだよ。でもある日、会社の友だち数人でドライブに行ったら、同僚の男の子が聖子ちゃんの曲ばっかり入ったテープを流したの」
母の口から父親以外の男の話が出てくると、子はなんともムズ痒い気分になる。
「母さん、ちゃんと青春してたんだ?」
「そんなの、当たり前でしょ?」
笑いながら母は続ける。
「それで、カーステレオから流れる曲がすごく気に入ってね? 『好きだなあ、好きだなあ』って言ってたら、後日、作って持ってきてくれたんだ。だから、あなたが習い事の帰りとか、おじいちゃん家に向かう東名高速で聞いていた『青い珊瑚礁』は、その男の子から貰ったテープの曲かも」
意外な母の過去。想定外に甘酸っぱい思い出。「もう名前も憶えてないし、どんな人だったかもすっかり忘れたけどね」と笑いながら、母は電話を切った。
ああ 私の恋は 南の風に乗って走るわ
ああ 青い風 切って走れ あの島へ
冒頭からドライブ感全開で始まるメロディが、アクセルに乗せた右足にエールを送る。幼少期にカーステレオで聞いていた『青い珊瑚礁』は、母にとって、青春をそのまま真空パックしたような淡い思い出のひとつだった。
リリースから37年。もうあのカセットテープは捨てられたかもしれないけれど、今日も母の車は、思い出の中に吹く南の風に乗って走っている。
2017.04.22
YouTube / gh004
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