7月2日

欽ドンの後は大人の時間、日立ミュージック・イン・ハイフォニック

30
1
 
 この日何の日? 
ニッポン放送の「日立ミュージック・イン・ハイフォニック」を録音していた日々
この時あなたは
0歳
無料登録/ログインすると、この時あなたが何歳だったかを表示させる機能がお使いいただけます
▶ アーティスト一覧

 
 1980年のコラム 
ヒットの鍵は浸透圧、80年代の扉を開けた松田聖子の「あー」ソングってなに?

1980年代と「青い珊瑚礁」~ 母親にだって、青春時代があったんだ

14年越しの「青い珊瑚礁」あの日の松田聖子はとても大人びていた

想い出のカセットテープ:SONY CHF60 ー くり万太郎はナイスガイ?

宝焼酎「純」デヴィッド・ボウイが CM 撮影に指定した枯山水庭園の深遠

ブランデー、水で割ったら、アメリカン。チャーリーズ・エンジェルとVSOP

もっとみる≫



photo:鎌倉屋 武士  

ラジオを聴き始めたのは小学生の高学年の時からだ。クラスメイトがニッポン放送でオンエアされていた「欽ちゃんのドンといってみよう!」のはがき職人だったことがそのきっかけである。

番組の内容は、リスナーがテーマに沿ったコントを投稿し、その中から欽ちゃん(萩本欽一さん)がその日一番のネタを決定するというもの。私は「欽ドン」を聴いて翌日学校で盛り上がる。そんな日々を送っていた。「欽ドン」は『大入りダイヤルまだ宵の口』というワイド番組のワンコーナーで、「欽ドン」が22時前に終わると同時に大人の番組が始まるという感じ。

22時からは「日立ミュージック・イン・ハイフォニック」(1964-1986)という音楽番組。この番組が歌謡曲でない大人のサウンドを初めて教えてくれた。10cc、ビーチボーイズ、コモドアーズ、南佳孝、山下達郎のアルバム特集など、洋の東西を問わず様々な楽曲を流していた。


あれはいくつの時だっただろうか?
僕がビーチボーイズに出会ったのは…
カリフォルニアの明るい太陽と白い波。
サーファーたちの中から生まれ育ったサウンドは
イギリスの港町、リバプールから生まれたサウンドと全く違う響きを持っていた。
永久(とわ)の青春… ビーチボーイズのレコードを聴く度に僕はこの言葉を思い出す。
いつでしたか? あなたが音楽と友達になったのは…


詩情豊かなナレーションで始まるこの番組を眠気を我慢しながら毎晩聴いていた。そして1986年に番組が終了すると共に私は何だか少し大人になったような気がした。

2016.03.12
30
  YouTube / keiwaka


  YouTube / Anthony Pascal
 

Information
あなた
Re:mindボタンをクリックするとあなたのボイス(コメント)がサイト内でシェアされマイ年表に保存されます。
カタリベ
1966年生まれ
鎌倉屋 武士
コラムリスト≫
41
1
9
8
4
カセットテープで曲をプレゼント、そして僕は霧雨で途方に暮れる
カタリベ / パックンチョ。
45
1
9
8
1
必殺シリーズの音楽は平尾昌晃と竜崎孝路、そしてトランペッター数原晋
カタリベ / 太田 秀樹
41
1
9
8
2
山下達郎が楽曲提供した「ハイティーン・ブギ」と武田久美子の不思議な大物感
カタリベ / 鈴木 啓之
65
2
0
2
3
山下達郎の絶品ライブアルバム「IT’S A POPPIN’ TIME」YMO結成直後の坂本龍一も参加!
カタリベ / チャッピー加藤
35
1
9
8
2
達郎サウンドの礎、青山純と伊藤広規のリズム隊 — 音の深さ篇「FUTARI」
カタリベ / ミチュルル©︎たかはしみさお
8
1
9
8
6
ウォーク・ディス・ウェイ!ロック×ヒップホップ、歴史を塗り替えた1曲
カタリベ / DR.ENO