シティポップの世界的なブームの中心人物、林哲司
林哲司のキャリア50周年を記念するコンサート『林哲司 作曲活動50周年記念 オフィシャル・プロジェクト〜ザ・シティ・ポップ・クロニクル 林哲司の世界 in コンサート』が、11月5日、東京国際フォーラム・ホールAにて開催された。
シティポップの世界的なブームの中心人物として、注目を浴び続けていた林哲司だが、今回のライブはそのキャリアを振り返り、現在に繋がる林メロディーの魅力を伝える、またとないイベントとなった。
中央にトラスが組まれたゲートが配され、左右に大きなスクリーンが配置されているほかは、シンプルな演出で、徹底して林の名曲群とアーティストのパフォーマンスを見せるステージ。各曲の演奏前に、スクリーンにタイトルとアーティスト名が映し出されるが、車のクラクションから波の音へと移り変わるSEが流され、“都会からリゾートへ” のムードを演出している。それは、六本木や西麻布のディスコで朝まで踊り、それから湘南の海へ繰り出す80年代の若者のライフスタイルを思わせる。
オープニングはLittle Black Dressが歌う「北ウイング」
撮影:深野輝美 オープニングは大爆音でスタートした「北ウイング」。84年の中森明菜の名曲を、ギターを加え2名になったLittle Black Dressが歌う。続いて林が昨年、彼女たちに書き下ろした「逆転のレジーナ」を披露。これに続いて林哲司が登場し、客席にご挨拶。「今日は作品が主役、というコンサートになると思います」という言葉に、一層大きな拍手が会場を包む。
続く武藤彩未は、中村由真の「Dang Dang 気になる」と河合奈保子の「デビュー 〜Fly Me To Love」で、80年代アイドル・ポップスの世界を再現。さらにシャンソニエ松城ゆきのが登場。2020年に発表した「戀」を歌い、単にヒットパレードではない林ワールドの奥深さを聴かせてくれる。
その象徴的な作品が、エミ・マイヤーが歌った「If I Have To Go Away」。林がキャリアの初期に、イギリスのグループJigsawに書き下ろしたナンバーで、全米 / 全英でチャートインした。林哲司がごく最初期から世界で通じる楽曲を書いていた、何よりの証明だ。
音楽監督を務めた萩田光雄と船山基紀
撮影:深野輝美 今回、音楽監督を務めているのは、林哲司とはヤマハ時代に音楽修行を共にした、萩田光雄と船山基紀。バックを支える “SAMURAI BAND” は、今剛・増崎孝司(ギター)、富樫春生・安部潤(キーボード)、髙水健司(ベース)、江口信夫(ドラムス)、斉藤ノヴ(パーカッション)、高尾直樹・大滝裕子・稲泉りん(コーラス)、ルイス・バジェ(トランペット)、アンディ・ウルフ(サックス)といったメンバー。オリジナル・レコーディングも数多く手がけた凄腕ミュージシャンたちが勢揃いしている。
その中で、コーラスの大滝裕子が歌った浅野ゆう子の「半分愛して」は、80年代に林と名コンビを組む作詞家・康珍化との、最初の作品。同じくコーラスの稲泉りんも、イルカに提供した隠れ名曲「もう海には帰れない」を歌う。元アイドルらしい華やかさを持つ大滝と、独特の声質で観衆を魅了した稲泉、個性の異なる2人の魅力が存分に発揮された。
その2人の間に挟まる形で登場したのが、大ベテラン伊東ゆかり。伊東はビクターINVITATION(レーベル)時代に、林哲司プロデュースによる名盤『MISTY HOUR』を残しているが、このアルバム制作のきっかけとなったシングル「強がり」を40年ぶりに歌い、1曲のみだが圧巻のステージであった。
そして、林のプロデュースによるアルバム『Relife 72 hours』でデビューした国分友里恵が、収録曲のうち「恋の横顔」と、海外で人気の高い「Just A Joke」を。80年代の豊かな音楽シーンを思い起こすとともに、林サウンドがシーンの中心に少しずつ浸透していったことが手に取るようにわかるセットリストである。
杏里が最高のノリで歌い終えた「悲しみがとまらない」
撮影:深野輝美 大歓声と共に登場したのは杏里。黒のハットにパンツルックで、ご存知「悲しみがとまらない」を最高のノリで歌い終えた後、「同じ作家として(林さんを)尊敬しています」と語り、実は失恋の悲しい歌なのに、ライブでは最高の盛り上がりを見せると笑いをとり、こちらも名曲「YOU ARE NOT ALONE」へ。
続いての土岐麻子は、原田知世トリビュートに参加した際にカバーした「天国にいちばん近い島」を。ここで再び林哲司が呼ばれ、2人で林のソロアルバム『BACK MIRROR』収録の「レイニー・サタデイ&コーヒー・ブレイク」をデュエット。大橋純子&美乃家セントラル・ステイションの曲として知られるが、元は林のソロ作のほうが先に出る予定だったという。続いて林がソロで「悲しみがいっぱい」を披露。作曲家自身の歌は、シンガーが歌うのとはまた別の魅力があり、素朴だが楽曲の本質が伝わってくるようだ。
第1部の最後は、大御所・上田正樹の登場。これまた渋い名曲「レゲエであの娘を寝かせたら」をソウルフルに歌い終えた後、代表曲「悲しい色やね」で大胆なフェイクを連発、原曲の歌唱よりも一層ソウルフルに歌い切った。
2部のトップバッターは杉山清貴&オメガトライブ
撮影:深野輝美 15分の休憩後、2部のトップバッターを務めたのは、杉山清貴&オメガトライブ。林によるデビュー曲「SUMMER SUSPICION」が始まると、多くの女性ファンがスタンディング状態となり、これに続く「ふたりの夏物語 NEVER ENDING SUMMER」では更なる盛り上がりをみせた。変わらず伸びやかな杉山のヴォーカルも清々しく、ようやくここで林作品が80年代、音楽シーンの中心に立ったことを感じさせる。2部はそういったヒット曲の数々が披露されていった。
このあとはセットの転換となるが、その間、スクリーンには萩田光雄と船山基紀のインタビュー映像が映し出された。2人の分担は、林作品のオリジナルアレンジを担当した者が、今回のステージアレンジも担当するのを基本としたそうだが、ヤマハのサウンドが70年代中期以降の日本のポップスを支えていたことが、今回のライブの演奏で明確になったと言えるだろう。
怪我から無事に復帰した松本伊代が「信じかたを教えて」「サヨナラは私のために」と、川村真澄・林哲司・船山基紀による3部作のうち2曲を歌った。21歳の時に「大人の曲を作ってください」と林哲司にお願いして完成した作品だそうで、ミディアムの哀愁メロディーを丁寧に歌う松本伊代は、キラキラしたアイドルとはまた別の、シンガーとしての魅力を放っている。
続く佐藤竹善はカルロス・トシキ&オメガトライブの「Be Yourself」から、郷ひろみが24丁目バンドと作り上げた1979年のニューヨーク録音アルバム『SUPER DRIVE』に収録された「入江にて」を。これまたシティポップの名曲として、ここ10年ほど再評価著しいナンバーだ。
次の鈴木瑛美子は、尺八奏者の松居和feat. カルロス・リオスのアルバムに収録された「幻の水平線 -The Direction You Take-」をオリジナルのジェニファー・ウォーンズに勝るとも劣らぬ圧巻の歌唱力で歌い切り、会場を圧倒。さらにもう1曲、竹内まりやの「September」をこちらは軽快に爽やかに歌った。
菊池桃子の当時と変わらぬウィスパー・ボイス
撮影:深野輝美 ここで、グリーンのワンピースに身を包んだ菊池桃子が登場。「卒業 -GRADUATION-」「もう逢えないかもしれない」を、当時と変わらぬウィスパー・ボイスで歌う。林との初対面は菊池が中学生の時だったそうで、「思春期の自分の感性に大きく影響を与えてくれて、美しいサウンドの中で育てていただきました」と謝辞を述べた。林が菊池に提供したのは59曲もあるそうで、まさに林サウンドの歌姫。そしてこれまた名曲の誉れ高い「ガラスの草原」を歌い、出番を終えた。
ミキサーと譜面台、椅子が持ち込まれ、寺尾聰のパートへ。林が寺尾に提供したのは1曲のみだが、その「The Stolen Memories」は87年のアルバム『Standard』の収録曲。今回、この曲は今剛のアレンジで、中盤には今と高水健司のソロを挟み、寺尾もタンバリンを持って立ち上がり、分厚いサウンドの海を軽やかに泳ぐかのようなパフォーマンスを披露した。
そして、SAMURAI BANDによるインスト「SHINING STAR」でメンバー紹介。この曲は故・松原正樹のソロアルバムへの提供曲。これを今剛や斉藤ノヴらが参加していたフュージョンバンド “パラシュート” の面々が演奏しているのも胸を熱くする。この後、再び杉山清貴が登場し、「僕の腕の中で」を歌った後、トリの稲垣潤一へ。「哀しみのディスタンス」「P.S.抱きしめたい」そして「思い出のビーチクラブ」で最後を締めた。
クライマックスは「真夜中のドア」
撮影:深野輝美 熱いアンコールの声に応え、まず菊池桃子が再び現れ「Blind Curve」を。この曲こそ、シティポップの海外での評価で、俄かに脚光を浴びた1曲である。これを本人歌唱で聴けるとは思わなかったが、続いてはやはり林サウンドの中軸をなす稲垣潤一の「1ダースの言い訳」。会場の多くはスタンディングとなり、ノリノリで手を振る観客の姿も。
そして、今回のクライマックスは、最後の最後に訪れた。林が三たびステージに登場し、各方面に謝辞を述べた後、誰もが「まだあの曲が聴けていない」と思ったであろう、「真夜中のドア 〜stay with me」へ。
演奏前には船山基紀が呼ばれ、指揮を手がける。主役のシンガー・松原みきは20年前にこの世を去っているが、林のアイデアで、音源から松原のヴォーカル・トラックのみを抜き出して同期させ、そこにSAMURAI BANDが生演奏を聴かせるスタイルを取ったのだ。スクリーンには松原の映像が映し出され、まるで本人がその場にいるかのような、感動のステージとなった。サビのリピートに入ると、出演者全員が登場し、観客も含めての大合唱で幕を閉じた。
4時間にわたる長丁場で、1人の作曲家の作品をずっと聞き続けることにより、その作家の個性、メロディーの運びといったものが手に取るようにわかる。そして、林メロディーは50年の間、常に一貫しており、音楽シーンにあり続けていた。現在、世界で支持される林哲司の音楽は、これからも普遍的な日本のポップスとして輝き続けるであろう。
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2023.12.05